【曼珠沙華】 炎に落ちる105

 現金なもので、長い間の不安感は、桂の声を聞いて以来俺の中からは消えてしまっていた。もうすぐアイツに会えるという楽しみの方が勝って、いい年をした俺はまるで初恋の人に出会うみたいな高揚感をも味わっていた。店の商品を並べる手つきも、自然に跳ねるように軽やかになる。「こんにちは。」「・・・あ、いらっしゃい。」にやける顔を向けたのは、前に一度来た事のある男子学生。フワフワの髪が桂に似ていて、なんとなく脳裏...

【曼珠沙華】 炎に落ちる104

  夏が終わりを告げる頃、所どころで聞こえるセミの声も弱くなりはじめ、桂のいない空間にも慣れ始めた俺だった。正直、2ヶ月が過ぎるまでは辛くて、自分でも知らず知らずのうちに落ち込んでいたみたいだ。天野さんやはじめママ、うちのオフクロにまで心配をかけた俺も、やっと平常心を取り戻した頃、アネキがふいに家へやって来た。「今回の仕事はすごく大変らしいよ。日本から運んだ重機も設置するのに時間がかかって、おまけ...

【曼珠沙華】 炎に落ちる103

 いつもより明るいゲイバーの照明の下で、3人の男が肉を貪る。店内に充満したニンニク入りのソースが香ばしい香りを放つと、まだまだ肉は食えそうだった。が、流石にステーキ2枚分をすでに平らげたので、やめておく。「ふぅ、食ったな~」「これで半年は持つかな?!」俺が腹をさすりながら言う。すると、隣にいたはじめママが俺の腹に手を伸ばしてきた。「若者がなに言ってんの!!もっとガツガツ食いなさいよ!そんな細っこい身...

【曼珠沙華】 炎に落ちる102

  美容室の大きなガラス戸を開けると、「こんばんは~」と声を掛けながら中へ入る。入口のカウンターでは、最近入ったらしい女の子がキョトンとした表情で俺を見ていた。「あ、すみません。今日はもう・・・」と言いかけたが、横に居たエリコさんに「いいのよ、オーナーのお客さんだから。」と窘められ、「そうですか?!」と、首をひょこんと下げた。「ごめんね~、遅くに・・・。天野さんいますか?」エリコさんと新人の娘に聞...

【曼珠沙華】 炎に落ちる101

 桂が向こうへ行って3週間。相変わらず店は忙しい。嬉しいことだけど、前の様に達成感は得られなかった。疲れて帰っても、労いの言葉を掛けてくれる相手がいない。ひっそりと、自分で作ったご飯をかきこんで寝るだけだ。ポケットから携帯を取り出す。桂からの電話は掛かって来なかったし、メールもない。まあ、分かっている事だった。向こうに行ってしまえば、毎日が生活をするのに必死で、仕事もきっと重労働。現地の人間を沢山...