『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-5

 広いフロアをパーテーションで仕切っただけの部屋は、営業2課の部署で、その中の乱雑に書類が置かれた事務机の向かいに俺は座っていた。「西さん、これ、なんとかしないと崩れて大変な事になりますよ?!」「うん、分かってるんだけどね。入力する時間が無くてさ。」「でも...........。」 俺の目の前には、西さんがため込んだ資料の山があって、俺の机はその向かいにあった。 一応は机の間に仕切り板があって、こっちに雪崩れ...

『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-4

 駅に着く頃には、爽やかな朝日も徐々にギラつきだして、俺の額にも汗の粒が光る。 アツシと田嶋くんは改札を抜けてもまだ話していて、「アツシ、じゃあな!」と言った俺の声でようやくこちらを振り返った。「ああ、じゃあなー。」 簡単に手を振ってこたえると、アツシは反対方向の通路へと向かう。何故か田嶋くんも同じ方向らしくて、俺に会釈をするとアツシと並んで歩いて行った。 - どうも調子が狂うな.......... 確か今...

『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-3

 シンクの洗い物を二人で終えると、「じゃあ、顔洗ってくる。」と言って、アツシが洗面所へ向かう。 その姿を横目で見ながら、俺は濡れた手をタオルで拭くと、寝室へ行きドアを開けた。 寝室にあるのは、ダブルベッドとサイドテーブル、それから木製のオープンラックだけの、シンプルなインテリア。男が二人で寝ても、余裕のあるベッドは有難い。が、アツシはこの部屋を他人には見せられないと言う。 俺の和室の押し入れには、...

『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-2

 このマンションの通路には、音が立ちにくいようにクッション性のある床材が貼られていて、俺の気持ちの表れが足音に出なくて良かったと思った。今、俺はちょっと腹がたっている。 205号室から順に、先日出会えなかった部屋を訪問したが、どういう訳か他の部屋の住人には会えなかった。 どんな仕事をしているんだ。平日の夜8時過ぎに家に帰っていないなんて.......。「拓海ぃ、帰ろうよ、お腹減った。あとは又今度でいいだろ?...

『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-1

 蜃気楼の様にゆらめく熱風が、ビルの谷間を覆いつくす午後。俺は、午前の営業を終えて軽く昼飯を食べるため、同僚と会社近くの蕎麦屋に寄った。 蕎麦屋といっても、飲食店が入ったビルの中にある店。個室があって、前に先輩が連れて来てくれたところだったが、今まで口にした蕎麦の中では、この店のが一番美味いと思った。 カウンター席に腰を降ろすと、同僚と二人でざるそばを注文して辺りに目をやる。 時計の針は1時をまわ...