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泪は甘い蜜の味 40


 仕事が始まれば林くんの事ばかり考えてはいられない。月末はすぐそこに迫っていた。
俺と中島さんは連日残業を強いられるが、後少しの辛抱だと耐えるしかなかった。そして合間には、営業の領収証の取り立てもしなければならない。月末にまとめて持ってこられたらさらに疲労が増す事は分かっている。

「田代さん、営業には早めに経費の領収書を提出してくれるように云って下さいね。月が変わってから出されても受け取りませんから。自腹でお願いする事になるんで、よろしくお願いします。」

 一応念押しをしておこうと、田代さんにそう云ったが「分かった、分かった。云っとくから.....」と、軽くあしらわれてしまった。

「あ、僕が責任もって取り立てますから。野々宮さん大変ですもんね。」

「......ぁ、ありがとう。」

 思わぬところで林くんの助けが入って、内心はニンマリと顔を綻ばせているところだが、決してそんな素振りは見せない俺。
社内ではあくまでも先輩と後輩。あまり馴れ馴れしくするのはマズイだろうと、そう思っていた。

 その日もなんとなく残業になりそうだったが、田代さんが今日は帰っていいと云ってくれて、俺も中島さんも胸を撫でおろす。
流石に三日続けるのはキツイ。週末まであと二日はあるし、なんとか乗り切らないと、と思っていた矢先。それでも営業や他の社員は帰った後で、時間は7時30分を過ぎている。

「中島さん、毎日残業してもらって悪いね。派遣なのにさ......」

 帰り支度をしている彼女に声を掛けると、「大丈夫です、月末までなんとか頑張れるんで。それに、野々宮さんと一緒なので.....」という。

 ん?.......どういう意味だろうか。

 不思議な顔をしていると、「じゃあ、私はこれで。お先に失礼しまーす。」と明るい声で席を立った。

「はい、お疲れ様ー。」

 彼女が帰った後で、俺も机の上の資料を棚に戻しに行き帰り支度を始める。

「田代さん、ホントに帰っていいんですか?田代さんが残っているのに、なんだか申し訳ないです。」

 俺がそういうと、田代さんは手を振りながら「いいっていいって、今日ぐらいは。お疲れさん。」と云ってくれた。

「じゃあ、お先です。」

「はい、お疲れー」


 他のブースには他社の社員が数名ほど残っている様だったが、俺は肩を回しつつ廊下を歩いてエレベーター前に着くと、スマホを取り出した。
明石は今日店が休みで、多分家にいるんじゃないかと思った。晩飯は食ったのかな.......、と一応メールで訊いてみる事にするが、最近同居生活に馴染んで来たのか、なんとなく相手の生活パターンが読める様になった。

 『今から会社を出るけど、何か食うもの買った?何か買って帰ろうか?』

 短い文面を送るが、すぐに返事は来なかった。
まあ、仕方がない。自分の分だけでも途中の店で買って帰ろうと、ビルを出ると駅へと向かう。
明石が仕事の時には、こんな事を気にしないのに、休みだと思うとなんとなく気になるものだ。自分以外の人間の食事を気に掛けるなんて、今まではしてこなかったから背中がむず痒くなるが、これもあとどれぐらいの事か。
明石の従姉が部屋を探して引っ越せば、それで元の生活に戻れるんだ。コタロも明石も、俺の視界からいなくなる訳で.........。

 改札を抜けて電車を待つ間、なんとなくぼんやりとこの二週間を振り返っていた。



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