『曇天の月』 026


 分厚い資料をパラパラとめくっただけで、俺の集中力は途切れそう。
第一案の資料って事は、今後第二、第三案も出てくるんだろうか・・・。

「これ、まさか此処で全部目を通せって言わないですよね?」司に聞いてみる。

「ええ、ざっとでいいです。あとでゆっくりご覧になってください。」
「わかりました。」というと、ホッとして資料を閉じた。
内容的には、工場を含むうちの会社を買い取るにあたっての項目が連ねられていた。
その場合の、現在の仕事がどうなるか、あと、社員の待遇なんかもざっくり書かれてはいた。

「これは、あくまでも豊臣商事側の案ですから、社長の意向もお聞きしないといけませんし、裁判所の決定も必要ですからね。
また、弁護士さんとも相談はさせて頂きます。」

「はい、これは社長に届けます。弁護士の方にも話はしておきますから.....。」
そういうと、ソファーにもたれて司を見た。

目の前の、涼やかな顔で仕事の話をする男に、俺は複雑な感情を抱いてしまう。
同じ歳で、仕事先の相手で、恋人。
仕事中は、互いに距離を置き、まさか俺たちが付き合っているなんてことを想像する人はいないだろうが・・・
他の営業と話すとき、俺はもっと砕けた話し方をしていると思う。
なのに、相手が司となると、余計に気を張ってしまう。こんな敬語ばかりの話し方、変だと思うけどな。


「では、そろそろ失礼します。社長によろしくお伝えください。」
そういうと、立ち上がって礼をして戻って行った。
その後ろ姿を目で追いながら、頭を掻く。
- やっぱ、カッコイイな。・・・くそっ!

なんとなく、以前妹の映見に言われた言葉が頭に浮かんだ。

- つぶれかけ工場の三代目
俺の事だが、妹ながら言う事がきついよな・・・・!

司の方は、バリバリでやり手の営業マンってとこか・・・・。

それにしても、会社以外では普段通りに話せるのに、どういうわけか事務所ではガチガチの敬語。
周りの社員を意識しすぎるんだろうか............。



- - - 

「矢野さんて彼女いるんですか?」
「・・・・・さあ・・・・・」

社員の休憩室で、買ってきたケーキを頬張りながら杏子ちゃんが聞く。
俺は、自分はバリアを張っているが、司の事までは何とも言えないから黙っていた。

「実は、去年の暮に合コン誘ったんですけど・・・・忙しいからって断られちゃって。」

「・・・へ、ぇ・・・・そう、・・・合コン、かぁ。」俺が言うと、
「あ、若社長には彼女がいるから、誘わなかったんですよ!別に仲間外れにしたわけじゃないですからね?!」
杏子ちゃんが焦るから笑ったが、司がその辺の事を曖昧にしているのに驚いた。
きっと誘われることは多いはず。いちいち断る理由を考えるのは、面倒じゃないのかな・・・・。

「今度、また誘ってみるつもりですけどね!」
鼻息を荒くして言うから可笑しかったが、ちょっと胸の奥がざわざわする。

- 司も真性のゲイのはず............ だよな。
今更だが、ちょっと心配になってしまう。




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