『曇天の月』 028


 鏡の中で、きれいに整えられた髪形を確認すると、「いいよ。ありがと。」と、おーはらに言う。

「こちらこそ、ありがとうございました。急にカットモデルお願いしちゃって。」
タオルで襟足をサッとはらうと、俺の肩に手を置き言った。

俺は、この前の印象とはまた違ったおーはらの顔が見られて得した気分だった。
バーで知り合って仲良くなっても、あまり仕事での交流は持たないのが普通。公に性癖晒していないんだから尚更だ。
何処かですれ違っても、目だけで挨拶。言葉は掛けない。
だからこそ、あの限られた空間では自分をさらけ出す。そんな付き合いしかしてこなかった俺は、こうやって店以外で会話ができるのが新鮮でもあった。
とは言え、司が知ったら気を悪くするんだろうか・・・なんてビビってる俺も情けないんだけど。

「そうだ、この後予定ある?」
ふいに、おーはらが聞いてくるから、ないと言ってしまった。
「なら、ボクに付き合ってよ。・・・あ、変な意味じゃなくて!」
フワフワの髪の毛をかき上げて言われると、俺の中のヤラシー部分が反応してしまい「いいよ」と返事をする。
男のサガ ってやつなのか・・・・悪気はないんだけど、常に自分の好奇心を追いかけてしまう。
深入りしなきゃいいんだし、別におーはらと、どうこうなりはしないだろう。と思った。

美容室のかたずけを待って、俺はおーはらと連れだって歩いて行く。
「何処行くんだ?」
「うち。」
と言われて、ドキっとした。
「や、それはちょっと・・・・・まずいんじゃ?」焦る気持ちを隠して言うが
「焦んなくても、別にりょうすけさんとは寝ないよ!」と言われ、それはそれで気持ちが萎えるっていうか、男としては戦力外通告された気分。少しへこんだ。

「ゴメン、野暮な言い方・・・だったね?!でも、ツカサさんがいるし、ボクはちょっと手伝ってほしい事があるんだよ。」
俺の背中をポンポンとしながら言われ、なんだか年下になだめられて、さらに情けなくなる。

店から歩いて10分程の場所に、おーはらの借りている部屋があった。
そこは、8階建てのきれいなマンション。
そこそこの給料をもらっていないと、こんな所には住めない。
俺だって2LDKのアパートだってのに・・・・・。

「自分で払ってんの?」思わず聞いてしまったが、
「いや、ボクのパトロンが借りてくれてる。」

「・・・・・・・・・久々に”パトロン”なんて古い言葉を聞いたよ。マジ?」
「うん、ブレーンなんて、ボクにはもったいないからね。やっぱりパトロンの方が合ってる。」
全く悪びれずに言うから、今どきの若者はそうなのか?なんて年寄りじみた考えをしてしまった。

部屋に上がると、そこは20畳ほどあるワンルームで、ダブルベッドの他にはあまり生活感のない感じだった。
ほとんどが、黒かグレーの家具や生活用品で占められている。無機質な感じがした。

「そのパトロン・・・ヤバイ系のひと?」と聞いたが、クスッと笑ったおーはらは
「違うよ!店をいくつも経営してるんだ。でも、見た目がヤバイ・・・かな?」
「え!!」
ビビる俺を見て、またおーはらがニヤリと笑った。

「で、頼み事ってなに?俺なんかに出来る事?」

「うん、りょうすけさんだから頼める事なんだ。」

そう言われて嬉しい反面、何故か胸の奥がざわついて落ち着かない。
この、おーはらの事は最近知り合ったばかりで、お仲間で美容師という以外はほとんど情報を持たない。
あ・・・ひとつ。 腰にタトゥーを入れているという事。
こんなのは、ファッションの一つなんだろうし、特に意味はないんだろうけど・・・。

「ボクのカレシになってほしい。」
唐突なお願いに、俺の思考が追いつかない。さっき、俺とは寝ないと言ったばかりなのに.........。

「そ、、、え?マジで言ってんのか?」やっと言葉が出た。

「うん、ただし既成事実だけ。何日か一緒に出掛けたり、ここに泊まったり、そういう付き合ってます。っていう事があの人に分かれば、それでいいんだ。」

「あのひと?・・・パトロンの事か?」
ちょっと変な話だ。別れたいなら自分から去ればいいのに、と思った。
「あっ、もしかしてヤキモチ焼かせようって事か?」俺が聞けば

「違う、自分の気持ちを断ち切るため。」
おーはらが俺に見せる初めての暗い顔。眉は下がり、伏し目がちの睫毛が揺れている。

「その人、妻子持ちか?」立ち入った事だが、バイセクシャルの男は、妻子持ちのくせに男と浮気をする奴が多い。
女の影が無いから、あまり気づく嫁はいない。仕事の都合で、地方のホテルに泊まったって、男二人がツインルームに泊って怪しむのは同類だけだ。大抵は、何の疑問も持たずに過ごしてしまう。


「ゲイ。ボクらと同じなんだけどね。」というから驚いた。
「だったら、別に付き合ってりゃあいいじゃないか。お前は好きなんだろ?」

「好きだよ。でも、ボクだけじゃないんだ。自分が気に入った子がいると、こうやってすぐに部屋を与えちゃう。ボクの好きは全く関係ないのさ。」
悲しい目だった。おーはらが好きになったのは、いったいどんなオヤジなんだと興味も沸いた。
俺好みの男を泣かせるなんて許せないな・・・・・

「いいよ、それでおーはらが次のステップへ繋げられるなら。俺はお前と付き合う。・・・あ、フリ、だけどな?!」
そう言ってやると、「ありがと。やっぱり、りょうすけさんがお人よしで良かった。」と笑った。


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