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泪は甘い蜜の味 105


 気分は不安定なのに、月曜日はいつも通りにやって来る。

 改札を抜けると会社の入っているビルが見えて、余計に俺の気分は不安定になる。
林くんと顔を合わせたらどうしよう。どんな顔をしてカレを見たらいい?
そんな事を考えながら、いつもの様にビルの階段を上がって行くと、事務所のある階に着いた。

「おはようございます」
「おはよう」

 挨拶をしてきたのは中島さんだった。今朝もにこやかに俺の顔を見ると挨拶をしてくれて、休日をどんな風に過ごしたとか、自分の方から報告をしてくれる。
そんな他愛のない会話は、憂鬱な気分を癒してくれるもので、自席に着く迄の間いつも通りの自分を取り戻すには丁度良かった。

「そういえば、出張先で何かあったんですか?会社に来る前に寄るコンビニで林さんを見かけたんですけど、カレ、思いつめた様な顔してましたよ。ホットコーヒーを片手に外でぼーっとしてて、声掛けそびれちゃいました。」

「.........あ、そう?..............なんだろうね?別に訊いていないけど。」

 中島さんは林くんの様子がいつもと違うと感じた様だ。先週の出張が今朝までひびいているなんて、よほどの事があったと思ったんだろうな。でも、俺はそんなカレの気持ちがなんとなく分かる気がした。俺も中島さんと話せてなかったら、きっと思いつめた顔のまま出社していた事だろう。

「田代さんに叱られたんでしょうかね。金曜日も帰って来てから静かでしたもんね。」

「ああ、..............でも、営業は取引先の事で色々悩まされる事も多いからさ、俺たちがあんまりとやかく云わない方がいいよ、きっと。」

「そうですね、取り敢えず領収証はキッチリ貰ってきてますから、別にいいんですけどね。」

「.................うん、」

 俺の返事を訊くと、中島さんは時計の針を見つつ席をたってフロアの外へと出て行った。
事務所の中には俺が一人残されて、他の社員はまだ来ていなくて外のざわめきだけが耳に入る。
林くんの事も気になるが、まず第一声をどんな風に声掛けしようかと思い悩む。平常心を保てるだろうか...............。


 始業時間5分前になると、同僚が次々と出社してきて、なんとなく慌ただしく挨拶を交わす。
そして、本当にギリギリの時間になって林くんは現れた。

「..................お、はようございます。」
「おはよう、.........」

 微妙なトーンで互いの顔を見ながら挨拶を交わすと、すぐに視線は外された。その途端俺の胸がチクリと痛む。
なんとなくは分かっていた。これは想像通りの反応で、にこやかに挨拶をされたら余計に困ってしまうかもしれない。
土曜日の帰り際、明石があんな状態で酔っていた事。あの後の様子を訊かれたらどうしようか。そんな事が俺の頭の中を駆け巡っていて、どうにも仕事に集中出来なさそうだ。

 パソコンの画面を見つつ、奥の席にいる林くんの姿にも意識が行く。カレも今日はパソコンの前に居て、外へ出かける様子はなかった。

「林くん、ちょっと。」

「はい、.........」

 事務所の中で田代さんが林くんを呼ぶ声が響いた。俺が気にしているから余計に大きな声に聞こえたのかもしれないが、林くんは立ち上がると田代さんの机の前で背筋を正した。

 何か云われているらしいが、俺の耳には聞こえて来なかった。それが余計にもどかしくて、何か叱られているのなら気になる所だ。

 考えてみればおかしな話。俺が気にするのはそんな事じゃなくて、林くんとの行為について考えるべきなのに.............。
だから一日変な感じで仕事も手につかなくて、カレが気になるのにじっと見る事も出来ないでいるんだ。
時間の過ぎるのも遅い様な気がして、時計を見ればまだ昼前だった。



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