『曇天の月』 036


 津田弁護士の事務所を後にしようとしたときだった。
階段を降りきった所で、大きな茶封筒を抱えたロクイチくんに出くわす。

「あ、こんにちは。いらしてたんですね。」

「やあ、どうも。沢山の荷物だねえ・・・今日はいないのかと思ったよ。」

「はは、ボクは雑用係ですから、主に書類を届けたり受け取りに行ったりですよ。」

「そうなのか。・・・あ、じゃあ、また。」

「はい、お疲れ様でした。失礼します。」

ロクイチくんの後ろ姿を目で追う俺。ふと、気になって横を見る。
一通り、俺とロクイチくんの会話を聞いていた司だが、目を合わせても別段気にする様子はなかった。
まあ、気にされる様なこともないんだけど・・・
美しい男を見たら、少しだけ浮かれてしまうのは仕方ない。司もロクイチくんを見た瞬間はハッとした顔だったし....。
これは、ゲイのサガ。


「ファミレスいく?あそこなら車止められるし。」
誰もいない所では、普段の口調。俺の顔を見ると聞いた。

「ああ、いいよ。」
そう言って、それぞれの車で乗り付けると、たまに行くファミレスへと向かった。

そろそろ夕方。学生とかが数組いるが、この時間はまだ空いている。
俺たちは、一番奥の席についた。

「親父さん、大丈夫か?」
座るなり、司が俺の顔を覗き込んで聞く。
「何が?」
「ボケてないよな!?いきなり電話してくるって、さ・・・しかもお前に相談も無しに・・・」
本気で心配しているんだろう、司は眉を寄せながら言った。


「なんだかな~、最近はこたつでヤドカリみたく過ごしてるらしい。けど、ボケるまではいってないだろう。映見が何も言ってこないからさ。」
妹がしっかり者ではあるが、アイツも昼間は働いているし、変化に気づいていないだけかなあ・・・
少しだけ心配になってきた。

「うちに譲渡するって事は、すべて豊臣ベースでやるって事だよ?涼介たちの意見は反映されない。」
「ああ、そうだな・・・・」
豊臣の人間が入ってきたら、俺たちの首はどうなるか分からない・・・

「オレの思惑とは違うんだよな。」
ポツリと司が言う。

「思惑?」俺が聞くと、
「オレは、真柴の工場も社員も、すべてをそっくり別会社に移そうと思っていたんだ。でも、まだ受け皿になる会社を作っていない。」
「・・・司?」

前にそんな話を言っていた。俺の鈍い頭ではよく分からなくて、そのままになっていたんだった。

「あと三日、ちょっとだけ親父さんに待つよう言ってくれないか?」
「え?」
司が真剣な顔で、俺にこんなお願いをするなんて、初めての事だった。



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