『曇天の月』 043


 弁護士事務所に着くと、迎えてくれたのは俺の親父。

会社の実印持ち出して、何をしているのやらと思ったら、今日はこんな所にいた。

「おう、涼介。今しがた話は済んだぞ。」
そう言った親父は、どことなくスッキリした面持ちで、コタツの中でヤドカリみたいに過ごしていたのが嘘の様だった。

「なんだよ、話って・・・・また勝手に決めてんのか?」
俺がテーブルにつくと言ったが、目の前の契約書が目に入る。
「コレは・・・・?何の契約を。」

「俺の会社は倒産だ。その前に、新しい会社作ってもらったから、お前、そこへ行け。」

「・・・は?」
親父の口から出た言葉に耳を疑った。
司が言っていた、豊臣が100パーセント出資する会社の事か?
親父はなんでそれを知っているんだ?

「おい、倒産って事は、・・・借金どうなるのか分かってるのか?」
津田先生の前だが、俺は親父に聞いてみた。すべてを自分が被るという事を納得したって事か・・・

「借金付の会社を買ってくれるところは無いんだよ。だから、中身だけそっくり売り渡して、それも返済に充てて、きれいさっぱりゼロになるのさ。」
と、意外にあっさり話す親父をしり目に、俺はもう一度親父の顔を見る。

「親父・・・・自己破産、・・・・するんだよ?!」
膝に置いた手に力を入れると言った。

「・・・・ああ、まあ、すぐにって訳じゃない。先生の話だと半年から1年ぐらいかかるって・・・」
そこで初めて、親父の口調が下がった。


「涼介くんは、知っているんですね?この話。」と、津田先生に言われる。

「はい、まあ少しだけは。でも、豊臣があのままうちを買ってくれるのかと・・・そうじゃないんですね。」
テーブルの上の契約書に目をやりながら聞いた。
そう言えば、司も言っていたんだ。すべてを売った後に倒産してもらうって・・・。
親父にすべての債務をかぶってもらうと。

「真柴さんの工場と会社の土地建物、それから機械などすべてを5000万で買ってくれるそうです。それと今現在の現預金残高を合わせれば、債権者が納得できる額だと思います。」

「そうですか・・・・、俺はよくわかりませんが、親父が納得したんならそれで・・・いいです。」

「では、細かい打ち合わせは、今後私と豊臣商事さんの方で執り行います。都度、真柴さんにはご報告いたしますから。」
津田弁護士はそういうと、資料を茶封筒に入れた。
それから少し席を外すと言って、部屋から出て行った。
多分、俺と親父に話す機会を与えてくれたんだろう。でも、何も言葉が出てこない。
目の前で、肩を落とす自分の父にかける言葉が見つからなかった。

景気のいい時は、毎晩のように飲み歩き、取引先の接待にいそしんでいたのに、このご時世でめっきり客も減り、接待なんて悪の様に言われ始めて、がんじがらめの世の中になった。数字だけが飛び交う世の中。人情もへったくれもありゃあしない。

「親父、もうハンコ押したんだ?」

「ああ、早い方がいいからな。ちょっとだけあてが外れたけど、まあお前と工場と社員が残れば、俺は文句はないさ。」
そんなことを言われて、俺の目頭が熱くなる。
だらしない親父だと、バカにしていた事もある。
けど、俺をただの平社員にしていた理由が、今分かった。

連帯保証人にでもなっていたら、俺も同じように路頭に迷う。
俺には守る物は何もないけど、この先の仕事や人生には、きっと自己破産したことがついて回るんだろう。
何処かでこの現状を予知していたのかもな・・・・

「オヤジ、家はどうすんだよ。借金のかたに取られるのか?俺んとこ来るか?」
なんとなく気になって聞いてみた。

「バーカ、お前んとこのボロアパートなんか死んでもヤだね。」

「は、あ??失礼な奴だな!・・・確かにボロだけどさ。」

「心配すんな。あそこはとっくの昔に、俺の親父の弟名義になってんだ。ついでに言うと、おじさんが無くなったら映見がもらう。」

「え?やっぱり映見が言ってたのはホントの事か・・・ったく、ちゃんと考えてんじゃねえか・・・。」
少しだけ安心した。変なとこしっかり先読みが出来るんだ。もう少し、仕事にそれを生かしてほしかったけどな。
そう思いながら、津田先生が戻ってくるまでの時間を過ごし、俺たちは事務所を後にする。


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