『曇天の月』 044


 雲に覆われた夕暮れの空を見ながら、今夜の月は拝めないのかと思い車を走らせた。

子供の頃、縁側で月を眺めるのが大好きだった俺。
季節は関係なく、冬は特に空気が澄んできれいに見えたから、ダウンコートを着込んででも見ていた。
同じ夜を過ごす誰かも、この月を見ているのだと思うと、俺はなんとなく嬉しかった。

自分の性癖に気づき、同性の友人や先輩に友情以上のモノを感じて悩んだころ、俺はこの月を同じ様に見られることで、自分を納得させていた。純粋な気持ちは、あの月に置いて来て、もっぱらバーへ通っては男を漁ってたんだ。

今、目の前に月は出ていないけど、親父もきっと同じ月を見たら綺麗だと思うだろう。
たとえ会社が無くなったとしても、生きている限りは終わりじゃない。
晴れた晩にはきれいな月が拝めるさ。



その夜は、会社へは戻らずバーへ行った。

「あらぁ、いらっしゃい。また一人?」

「こんばんは。ひとりで飲みたい気分なんだよ。」

そういうと、カウンターで腰を降ろす。
俺がタバコを一本取り出すと、ママの分厚い手がライターの火を囲いながら近寄ってくる。

「ありがと。」礼を言ってから思い切り吸い込むと、ふぅ~っと静かに吐き出した。

「なによぉ、なんだか今夜は哀愁漂ってるわねぇ・・・」
いつもの酒を俺の前に出すと、ママが言う。

「ついに来た。足元みえて来たよ。」
俺がこんな話をするのは、多分司とママだけだな。うちの内情を唯一知る二人だ。

「・・・その顔じゃあ、会社続けられないって事ね!どうなるの?」
店の中には客も少なく、俺と向き合ったママが心配そうに顔を覗き込んでくる。
相変わらずの濃い化粧が不気味ではあるけど、まあ、心配してくれてるんだ、感謝しないとな。
俺は酒を口にしながら、ゆっくり目を閉じる。

「司のトコの会社が、新しく出資して別会社を作るんだ。俺たちはそこへ身売り。」

「え?・・・・すごいじゃない。よかったんじゃないの?」

「まあね、仕事は続けていける。社員もそのまま・・・・かな?」
そこら辺の事は、今後の話し合いってとこか。
司は社員はそのままって言ってたけど、豊臣の役員がどんな反応を示すのか分からない。

「とにかく、生きてりゃあ何とかなるって。あんたも若いんだから頑張んなさい。」
と、言うだけ言って向こうの客の方へと行ってしまう。

奥の客たちに、大きな声でしゃべりながらも、こちらを見る目は心配してくれているみたいで、そんな事が胸に浸みる夜だった。

2本目のタバコに火をつけたとき、胸の携帯が振動する。マナーモードにしたまま忘れていた。
見ると、おーはらからの着信。

「はい、俺。」

「あ、リョウスケさん、今夜うち来れる?」

いきなりのお誘いに、しばし絶句していると、受話器の向こうで軽快な音楽が聞こえてくるから、「どこにいるんだ?」と聞いた。

「いま、あの人の店に来てるんだけど、帰りたいんだよね。でも帰してもらえなさそうで・・・・彼が迎えに来るからって言っちゃった。」

「はぁ?・・・カレって!・・・まあそう言う事になってんだけどさ・・・」
気分がすぐれないときに限って、なんだか気が重い事態に・・・・・・

「ま、いいや。何処か教えてくれ。美容院の近くか?」
「うん、同じ通りの5件先にある店。”アレキサンダー”っていうバーにいるから。」

「アレキ・・・・・なんだか、逞しそうなヤローみたいな名前だなぁ。じゃあ、あと10分くらいで行くから、まってて。」

「うん、ありがと。」

おーはらの可愛い声で、少しだけ癒されたような気もした俺は、ママに料金を払うと”アレキサンダー”へとタクシーを飛ばした。



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