『曇天の月』 061


 朝陽が昇るのをこんなに恨めしく思ったことは無い。
司が帰った後も、俺の頭の中はごちゃごちゃして、結局朝まで欝々とベッドに横たわっているだけだった。

朝はコーヒーだけを口に入れて会社に向かった。
なんとなく杏子ちゃんたちの顔を見るのが辛かったが、最後まで粘ってやると思いながら事務所のドアを開ける。

「おはようございます。」
ドアの前に居た杏子ちゃんが、俺に挨拶をするから「あ、おはよう。昨日の・・・」と言いかけて、なんて言ったらいいのか言葉を失った。
司と話をした事を伝えていいものか・・・・・


「あの、昨日はすみませんでした。若社長にご心配かけちゃって。もう決定事項なら仕方のない事ですし、私たちはなんとかなりますから。」
杏子ちゃんは俺に微笑みながら言ってくれた。

「杏子ちゃん。そんな事言うなよ・・・・もう一度なんとか掛けあってみるから。」
「ありがとうございます。・・・でも、この仕事が続く事が第一ですし、私は別の職種にも興味があるから、今度はそちらの方に行こうかなって!」

そう言ってもらえて、正直ホッとしたが気持ちは晴れなかった。


この会社の運命は決まってしまったし、もうすぐ俺たちは新会社の社員として働く事になる。
・・・でも、昨日話した様に俺は自分の身をここに置いていいものか迷っていた。
もちろん製造の仕事は好きだ。難しいけどやりがいはあるし、新しい規格のものを作りたいとも思う。
ただ・・・・なんだろう、司との距離が微妙になった気がして・・・


司が豊臣の役員と一緒に来たのは、その日の午後だった。

「失礼します。」
会議室のドアを開けると、俺と工場長は挨拶をして入って行った。

中で待つ役員の人と司は、何かの資料に目を通していたが、俺たちが入って行ったので向きを直した。


「真柴さん、早速ですが来月から新会社の設立に伴って取引先への案内状を送りたいと思いますので、住所とかの確認をお願いします。」
「・・・はい。」

「それから、営業はこちらの担当を付けますから、取引先へ出向いた方がいいのでしたら言ってください。時間を合わせてご挨拶に同行しますから。」
「・・・はい。」


俺の目の前で、次々とやる事が積まれていく。
一日たりとも気の抜けない感じで、初めての事に動揺を隠せないでいた。
追い打ちをかけるように、役員が俺の顔を見て「人事の事で不服がおありとか・・・。ですが、こちらで決定したことですので、変えるつもりは有りません。ご了承下さい。」と釘を刺された。

- ツカサ・・・・

きっと司が役員の耳に入れたんだろう。
まあ、結果は変わらずだけどな・・・。

淡々と説明を受ける俺と工場長の前で、司は平常心を保っているようだった。
昨夜の憤りも冷めたのか、気持ちは次へと動いているようで。


俺は、結局新会社でも営業を任されて、工場に入るのは不定期になりそうだった。
仕事の内容自体が変わる訳じゃ無いから、取引先も変わらないし、別に困惑する事も無いだろう。

「矢野くんは、豊臣の営業部からこちらに移ってもらいます。真柴さんとは大学の同期とか・・・今まで通りよろしくお願いしますね。」

役員が隣の司の方を向きながら言うが、俺は初めて聞いて驚きを隠せないでいた。

「ほ、本当ですか?ここで?」と、思わず言ってしまう。

「真柴さん、色々教えて下さい。よろしくお願いします。」
司は、いつもの営業スマイルで俺に言った。

「・・・はい。お願いしま、す。」

何とも気のない返事をしてしまい、役員が変に思ったかもしれない。
でも、今まで以上に仕事で近い関係になるなんてと、興奮する様な不安を感じる様な、得体のしれない感情がふつふつと沸き起こってきた。







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