『曇天の月』 064


 「ただいま戻りました~」
事務所のドアを開けると、そう言って倉田さんが入ってきた。

見ると、司の姿は無くて。
「ひとりですか?」と聞く俺に、「ああ、矢野さんは豊臣に呼ばれて、そのまま行ったよ。」と言う。

豊臣の方で途中の仕事があって、部下に任せてきたらしいけど、たまに呼ばれる事もある。
何だかんだと言っても、司は結構やり手の営業マンだったみたいで、期日にはうるさいしあんな顔でもビシッと言う事は言うからな。
部下も司に頼ってるところがあったから、いなくなって大変なんだろうな、と思った。

倉田さんから、今日打ち合わせをした内容を一通り聞いていると、途中でククツと笑い出すから驚く。
「矢野さんてさ、・・・面白いとこあるんだねぇ。」
そう言って俺の顔を見ると、またひとりでニヤニヤする。

「・・・なんですか?」気になるから聞いてみると
「新幹線の中で、ずっと涼介さんの話ばっかで・・・・まあ大学一緒だし、仕事の繋がりもあったけど、結構仲良かったんですね。初めて知りましたよ。」
そう言うと、再び手元の書類に目を落とした。

「え、俺の話?・・・・なんて言ってました?」

「すぐ感情的になるから、結婚相手は大変だろうなって。・・・誰かそういう人いるんですか?涼介さんの恋バナ聞いた事ないですもんね。」
俺の目を見てくるから、思わず目が泳いでしまった。

好きな奴はいる。だけど、結婚は・・・・・

「そんなのいるわけないでしょう、俺は独身主義ですから。それに、ひとり暮らしも慣れてきたんです。自由でいいですよ。」
半分は本当のこと。もう半分は、出来れば司との同居を望んでいる。でも、拒否られてるんだ・・・。

「はは、二人とも同じ事言ってますねぇ。いいもんですけどね、家族を持つのって!」
「ええ、そうでしょうね・・・・・」


家族・・・・・
俺にはこの先持つことのないものなんだろうな。
そう考えると、余計に司と暮らしたいという思いが募った。


就業時間も終わり、事務所の人間は誰一人いなくなった。
俺はひとり司の帰りを待つつもりで、立花さんに頼んだ書類の確認をしていた。

ガチャ、という音でドアに目をやると司が立っている。
「おかえり。」というと「・・・まだいたんだ?!」と驚いた顔をして。

「ちょっと書類の確認。・・・豊臣の方はどうだ?終わったのか。」
そう言った俺の言葉を背中で聞くと、「うん。」と返事をした。

他に誰もいないから敬語は使わない。いつも通りの会話が出来て、すこしホッとする。

「司、晩飯食べに行かないか?それとも、俺の部屋で何か取って食べる・・・?」

「・・・・・・いや、疲れてるし帰る。ひとりで行ってくれ。」

「・・・・疲れてるのは分かるけど、どうせ飯は食うだろ?最近全然一緒に居れないじゃん。会社で顔見るだけでさぁ、お前うちにも来ないし。」
ついに言ってしまった。すぐに気まずい空気が俺たちを包む。

「会社で顔見たら十分だろ。」
司が背を向けて言うから、俺はムッとする。
そこまで避けられるような事をした覚えが無くて。

「なんか、アレだな・・・・。この会社の設立以来、俺たち変じゃないか?妙によそよそしい。まあ、仕事中はそれでいいけどさ、終わったら今まで通り・・・」
「バッカじゃねえの!?・・・今まで通りってなに?・・・・お前が言い出したんだろ。」
司は、俺の言葉を遮ると、こちらに振り向きながら眉間にシワを寄せて言った。

俺は言葉が続かなくて、司の顔を見ているしかなかった。






応援頂き有難うございます
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

コメント

非公開コメント