【曼珠沙華】 炎に落ちる070



 梅雨明けの晴れた日曜日の朝。

友田さんの住むアパートに、引っ越す事になったアネキ。
服と化粧道具とを大きなスーツケースに詰めて、まるで海外旅行にでも行くような感じでタクシーを待っている。

「本当にそれだけ?他にいるものあるんじゃないのか?」
俺が聞いてやると「いいって、狭いんだし必要になったら取りに戻るから。あ、それか、千早持ってきてよね。」という。

「ええ?ヤだよ!」
俺は、思い切り嫌な顔で言う。人使いの粗いアネキの事だから、本当に持って来いと言われそうで・・・。



そのうち、タクシーが店の前に止まると、後ろのトランクを開けてくれた。
「まあ、このくらいの方が、帰ってきても出戻りだってバレなくていいかもね。」
スーツケースをタクシーのトランクに入れてもらいながら、アネキに言ったのは母親だった。

「失礼な・・・!戻って来ないわよ。このまま私は結婚して幸せに暮らすんだから。」

「ああ、はいはい。・・・まあ、嫌われない様に頑張るんだな。」
「ちゃんと就職先探してよ!?結婚は就職じゃないんだからね。あと、友田さんのご両親にも挨拶しておきなさいね。」

「分かってるって!!・・・夏休みになったら友田さんの実家に顔出すから。じゃあね、行ってきます。」

「うん、いってら。」「身体に気を付けてね。」

「・・・・うん、ありがと。」




バタンとドアが閉まると、アネキを乗せたタクシーは走り去る。

・・・とはいっても、電車に乗り換えて1時間ぐらいの所なんだけどね。

わざわざ見送るほどの事でもないけど、結婚を控えて同棲を始めたアネキの出発だ。一応は弟として見送りくらいはしてやろうと思った。
本番の結婚式の時になったらどんな気分なんだろうか。
ずっと実家暮らしのアネキと過ごしてきたから、今さらアネキのいない生活が想像できない。

ちょっと不安。
隣の部屋に居たアネキの物音が聞こえなくて、こんなに静かな家だったかと思った。
花屋のシャッターが閉まる音で、そろそろ晩ご飯の時間だと分かる。
今までは気にも留めていなかった音が、急に耳についた。


「千早、今夜はお父さんと飲み会行ってくるから。ご飯はアンタ一人で食べなさいね。」

「え?・・・・ああ、いいよ。」
たまにこういう事があると、アネキとピザの配達を頼んだりしたものだが、さすがに一人では・・・・・。
と、思った俺の頭に、桂の顔が浮かんだ。

- ああそうだ、桂の家に行こうかな。
なんか残り物食べさせてもらおう・・・。


母親たちを見送った後、俺は桂に電話を入れた。

『はい、・・・どした?』

電話の向こうで、桂の声が聞こえると安心する。

「ああ、今夜親父たちは飲み会だってさ。あと、アネキが引っ越した。」

『・・・そうか。・・・・友田さんの所で暮らすんだな。』
「うん、いよいよ結婚の予行演習だ。しかも、旅行行くみたいにスーツケース一つとかだぜ?!バカだろ!!」

少し笑いながら言えば、桂もつられてククッと吹いた。

『・・・千早寂しくなったんだろ。それでオレに電話してきたのか?!』

「は?・・・まさか・・・・・。まぁ、少しだけな・・・。」
やっぱり桂には見破られてしまうな。
俺の不安を感じるんだろうか・・・。

「なあ、なんか食うもの残ってる?そっち行ってもいい?」

『あ、・・・・今夜はそうめんでさあ、何にも残ってないんだ。明日買い物行かなきゃって言ってたっけ…。』
「そうか・・・。ならいいや、カップ麵かなんか探すから。」

夜食用に取っておいたものが、何処かに残っているだろうと思った。
「じゃあ、ごめんな。また・・・」
そう言って電話を切ろうとしたが、『待って、・・・何か食べに行こうか。オレも、そうめんだけじゃ腹減るし・・・。』と桂が言う。

「え、いいの?じゃあ、ファミレス行こうぜ。今から迎えに行くから待ってて。」
『うん、わかった。』


急に元気が出た俺は、電話を切ると財布だけをポケットに入れて家を出た。





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