【曼珠沙華】 炎に落ちる113


 つるんとした謙の頬を撫でながら、遠い昔の記憶を呼び起こす。

初めて対面した時、小さな紅葉の様な手を握りしめた。それからアネキと友田さんの顔を見て嬉しくなった。
新しい家族の誕生を、この世のすべての幸せを受けたように喜ぶ二人。
あんな素敵な家族の姿を見てから、まだ10年も経っていないというのに........

ベッドで眠る謙の隣に、ゴロリと身体を横たえるとその手を取った。
確実に成長している息子と、年に数回しか会えないのは辛かったろうな。友田さんの気持ちを想像する。

俺の親父なんか、一緒に暮らしていたって顔を見る事は少なかったが、気配を感じる場所に生活しているだけで安心したもんだ。
そう考えると、謙はやっぱり不安を抱えていると思った。
もし、友田さんが帰って来ない人になったら.............
そう思うと、心が痛い。桂の事を考えても痛むが、この先の謙の事を考える方がずっと辛かった。



「.......おとう、さん.........」



謙の口からポツリと出た寝言は、俺の胸をギュっと締め付ける。




- - - 
「そろそろ限界。........捜索範囲を広げても、あれからみつかる人はいないし、捜索の人たちも帰ってしまう人がいて.......」

ドアを開けるなり、アネキが声を震わせながら言う。

「捜索は中止になるって事か?」
俺が驚いて聞くが、アネキは首を傾げながら「分からない」と言った。

日本ではどうなんだろう.......。
テレビを観る限りでは、かなり長い間工事現場を封鎖して行っているようだったが。
こちらはどういう事になるのか全く分からない。

「会社の話では、一旦捜索を中断して、家族は日本へ送り届けるっていうのよ。その後、人員を確保出来次第捜索始めるって........」
「なら、見つからない人たちはどうなるんだよ。桂や友田さんは.......?」
俺は憤り、思わずアネキに大きな声で言ってしまう。

「これ以上探しても..........、無理って事でしょう。」
「......................」

「......................」

「......................」


- サイアクだ - 

一番の悲しみは、桂がこの世にいないと知る事。
でも、今の状況は、それすらわからないという事で。

この濁った川底に居るんじゃないかと思うと、ここから離れたくはない。
出来るなら、この手で川底を掘り返したいぐらいだった。
それなのに、日本へ帰れというのか?

- - - 


宿舎のロビーに集められた社員の家族たち。
口々に嘆きの言葉やため息が漏れる。肩を落とし、うな垂れるしかない。
桂の父親も、俺たちの側に寄ってきて会釈をする。
あの後、俺とお父さんは何度か会話を交わしたが、桂の中学時代の思い出や生活の様子を伝えると、喜んで聞いてくれて。
少しだけ寂しそうに笑った顔が印象的ではあった。

アイツの事を信頼していたという事が分かると、昔、俺が勝手に描いたこの父親のイメージが悪すぎて、申し訳ないと思った。
なんてひどいオヤジなんだろうと、本気で怒っていたんだから.......。

「君たちは日本に戻るしかないだろう。ここも、いつまでもこの状態にしておけないと思うし。」
桂さんはそういうと、謙の頭に手を置いて顔を覗くように見る。

「謙くんは強い男だね。きっとお母さんを守れる。お父さんは謙くんにお願いしたと思うよ。」
桂さんに言われて謙の目がきらっと光るが、それが涙なのか、決意の表れなのかは分からなかった。

「.......僕、大丈夫だよ?!お父さんが戻るまで、お母さんの事守ってやるし、いい子にしてるから。」
そう言って、俺やアネキや桂さんの顔をぐるりと見回した。
その顔が少しだけ頼もしい。アネキは、うっすらと涙ぐんでいるが、先日の言葉通り泣くことはなかった。

「それじゃあ、日本で待つとするか。ここに居ても、俺たちに出来る事は待つことしかないし.......。」
「そうね、.............謙と二人で、あの人の帰りを待つわ。」

「私は、カナダから時々来るようにしてみます。会社からも報告はあるでしょうけど、私が分かる事は、お二人に伝えますから。」
桂さんの言葉で、俺たちも納得した。
兎に角、見つからない事にはなんともしようがなくて、出来れば何処かで無事に生きていてくれたらいいと、思うしかない。


それぞれに帰る仕度を整えるが、俺には気になる事が。

「あの、桂さん、..........あそこの家はどうされますか?」
「え?........ああ、三田の自宅の事ですか。」

俺が桂と暮らしたあの家は、この先どうなるのだろうと思った。

「あそこは、あのままにしておくつもりです。千早くんが出たいというのならそれでいいし、もし、そのまま住んでくれるというのなら......,
秀治の帰るのは、あの家しかないと思いますから......。」

「........桂さん.........、有難うございます。俺が、ちゃんとメンテナンスしておきますから。桂さんも、いつでも戻ってきてくださいね。」

「ありがとう。私の両親も喜んでくれるでしょう。あの人達の思い出の詰まった家でもありますからね。」

「はい、..........。」



それからすぐに、俺たちは元来た道を日本に向けて歩き出す。
相変わらずの茶色い景色を目に焼き付けながら、ウンザリするほどの湿気とでこぼこ道を身体に感じ、用意された飛行機に乗り込んだ。








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