【曼珠沙華】 炎に落ちる137



 時折吹く風に春の匂いを感じる頃、俺の店も昔の色を取り戻しつつあった。

バイトの吉田くんは、相変わらず真面目に働いてくれていて、俺が海外に買い付けへ行っている間も店を切り盛り出来るようになった。
桂を失って、一旦はこの店も俺自身もすべて失くしてしまおうかと思ったが、おーはらを拾って半年。
なんとか俺は生きている。案外生きようと思えば生きられるもので、桂の事が俺の頭から消える訳ではない。
ただ、少しだけ心の奥へと仕舞い込んだだけ。



- - - 
その晩、いつもの様に店の閉店作業をしていると、カウンターの奥から携帯の通知音が鳴り響く。

「小金井さんのっすよ。携帯。」
そう言って、吉田君が携帯を俺に寄越した。

「ありがと。」
通知相手を確認したら天野さんだった。

「はい、千早です。久しぶりですね。」

『おお、久しぶり。今夜はじめちゃんの店に来てほしいんだけど、どう?』

「ええ、いいですよ。今終わるとこなんで、あと30分したら行きます。」

『うん、じゃあ、よろしく。』


天野さんからの呼び出しは久しぶりだった。
おーはらが美容学校へ入学する事になり、アルバイト先に選んだのは天野さんの美容室だった。
前に話していた、俺の店のバイトを断られて天野さんの店のバイトに応募した少年。それはおーはらの事だった。

天野さんの「彼はゲイだと思う」っていう見立てはあながち間違ってはいなかった様で。
でも、本当にそうなのかは俺にも分からないまま。変なところで、また天野さんとの繋がりを持った俺は、つくづく縁というものを感じてしまう。


シャッターを閉めると、吉田くんと別れて繁華街を歩く。
この界隈が俺のホームタウンになってしまった。
昔からだけど、年を重ねるごとに馴染んでいくのが怖くもある。
スーツを着て営業周りをするような職には就かず、こうして浮いたり沈んだりしながらウロウロする俺は、自分でもつかみどころがない気がする。


はじめママの店に着くと、ここも相変わらずで。
益々逞しくなるママの腕を見ると、俺もちょっとは鍛えようかな、と思ったりしていた。

「チハヤくん、まだそのヒゲなのね?!」
そう言いながら、顎に伸びるママの手。

俺は少し避けながら、「ははっ、むしらないで下さいよ。せっかく整えたんだから。」と言った。

「気持ちはわかるけど、昔のキレイな男に戻ってもいいんじゃない?アンタ、最近若い男に入れ込んでるそうじゃない。渋い親父にでもなるつもりなの?」
ママは、いつもの酒を俺の前に出すと言ったが、入れ込んでる若い男ってのは、おーはらの事だろうか.....。

「天野さんはまだですね。」と、話をはぐらかすと、グラスの酒を一気に流し込んだ。

「ちょっとチハヤくん!!そんな飲み方してっ!」
ママが叱るのも無理はない。これはウォッカで、かなりのアルコール度数の高い酒。
むせながら飲み干す俺を本気で心配するママだった。

「大丈夫ですよ。最近酔わないんで......。」と言ってやる。

「.........もう、.....ホントに.......」

少しだけ悲しい顔をされて俺も反省するが、すぐ後に天野さんがドアを開けて入ってきたからそちらに気がいった。

「どうも、......」という俺に、「元気そうでよかった。」と天野さんは微笑む。

「あ、はじめちゃん、オレにも同じの頂戴。」
そういうと、腰掛けて俺の顔を覗きこむ。

「ジュン君、可愛いね。.........どう?迫られてない?」
「は?」

天野さんが俺の顔をニヤけて見るのは、おーはらとの事を詮索しているから。

「何もありませんよ。........自分だって若すぎて相手にならないって言ってたじゃないですか。」
そういうと笑ったが、迫られていない訳じゃ無いから、ちょと気が引けた。

「まあいいや。千早くんがその気になれば、あの子はいつでもオッケーだろうし。........あ、そんな事より仕事の話。」
「はい.....。何ですか?」

「実は、オレの親の会社が持ってる雑居ビルがあってさ、その中の何件かの店が抜けるって言うんだよね。」

「.........へぇ、.........で?」

「チハヤくん、店やんない?取り敢えず2店舗だけでも。」

「は?!.......そんな、いきなり店やんない?って........。」
焦る俺が天野さんの方に向き直ると、しっかりと顔を見たが、その表情は真剣だった。
天野さんの親は、早々に海外へ移住してしまって、とても優雅な老後を送っているようで。息子にビルを任せているんだけど、資産がどれ程あるのか分からない。

「オレが経営する美容室も3店舗になったんだけどさ、正直疲れてきちゃった。かといって他のものに手を出すのも心配だしさ。」

「.........そんなの、俺だってできませんよ。今の店だって、やっと何とかなってきたんですから。他にっていっても、実家の花屋ぐらいしか...........」

「ああ、ソレ。花屋に関連した何か................ない?」
目を輝かせて俺を見つめるが、「ちょっと、何よ、二人で金儲けの相談?」と、はじめママのたくましい手が俺と天野さんの間に割り込んでくる。


時間が早いこともあって、はじめママの店の中には俺たち以外に客が居なかった。
薄暗い店内で顔を突き合わせているのは、逞しいオカマとゲイで髭のロン毛男とヤラシイ顔のバイの男。
まったく、いくつになっても俺たちは.............

-----やっぱり、一生スーツなんて似合わねぇな。




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