『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-1


 蜃気楼の様にゆらめく熱風が、ビルの谷間を覆いつくす午後。
俺は、午前の営業を終えて軽く昼飯を食べるため、同僚と会社近くの蕎麦屋に寄った。

 蕎麦屋といっても、飲食店が入ったビルの中にある店。個室があって、前に先輩が連れて来てくれたところだったが、今まで口にした蕎麦の中では、この店のが一番美味いと思った。
 カウンター席に腰を降ろすと、同僚と二人でざるそばを注文して辺りに目をやる。

 時計の針は1時をまわっている。丁度昼時なので、混んでいるかと思ったが案外そうでも無くて、テーブル席も少し空があった。

「この時期は冷やし中華なのかなー。でも、蕎麦の方がカロリーも低いし、喉ごしもいいんだよなー。」
 同僚の西さんは、歳は二つ上だが中途入社なので同期になる。少しだけ体重を気にしているらしく、そんな事を言いながら俺を見た。確かに、ワイシャツのボタンのお腹辺りはキツそうで、ジャケットを脱ぐと目立ってしまう。

「自分もどちらかって言うと蕎麦の方が好きですよ。冬のラーメンはいいですけどね、多分、あの酸っぱさが苦手なのかな~。」
 冷やし中華について二人で語っていると、個室がある奥の方から見知った顔の人が出て来て、思わず名前を呼びそうになった。
「か、.........」
 そう言いかけて、後ろに付いて出てきた人の顔を見たら言葉が途切れてしまう。
 
「よう、何だお前らも昼飯か?」
 その人の方から自分たちに声が掛かって「はい、そうなんです。」と頭を下げて言った。

 5年先輩の神谷さんは、アツシと同じぐらいの身長でスッキリした顔立ちのカッコイイ人だった。営業の部署の中では、いつもトップの成績を保っている。押しが強くて、どちらかと言えば相手が根負けするまで粘るタイプだった。

「神谷さん、お客様ですか?」
 後ろの男性に顔を向けると神谷さんに聞いてみる。背格好は神谷さんと似ているが、雰囲気はまるで正反対。おとなしそうで綺麗な顔立ちの男性だった。初めて出会うので、何処かの取引先の人かと思ったが、なんとなく二人は友人の様な親しい感じもするし。

「この人は違う。個人的な知り合いだから.......。じゃあ、又な。」
「あ、はい.......、お疲れ様です。」

 二人の後ろ姿を見送って、俺は西さんが一言も発しないので気になって横を見る。
「おれ、あの人苦手なんだよなー。」
 そう言うと、西さんは手元のおしぼりで顔を拭きだした。 

「え、そうなんですか?神谷さんって別に怖いとかじゃないでしょ?結構、後輩にも気さくに話しかけてくれますよ。」 
 俺が言うが、西さんは俺の顔を二度見すると小さな声でボソッと呟く。
「あの人、ホモらしいよ。ちょっと別の営業から聞いた話。あんなに女たらしっぽいのにさぁ.........。」

 俺は一瞬ドキリとした。
 何度か飯にも誘われた事があったが、そんな素振りは見せた事が無くて......。
「ホントですか?.............信じられないなぁ。.............まあ、別にそれはそれでもいいですけどね。」
「聞いた話だからよく知らないけどさ、狙われたら恐いじゃん。」

 西さんの言葉を聞いて、思わずアツシの事を言われた気がした俺はカッとなった。
「知らないのに、言わない方がいいですよ。それに、そうだとしても向こうも選ぶでしょうしね。」
「は?.......」
 西さんが呆気にとられた様な顔で俺を見たが、「お待たせしました」と言って蕎麦が運ばれて来て、話は中断する。
 別に俺が腹を立てる事じゃないが、アツシが俺と関係を持つことを躊躇したのが分かった気がして.....。

- - - 
 蕎麦屋を出ると、俺と西さんは別の営業先へと出向き、夕方会社に戻ると報告書を出して帰途につく。

 マンションに戻ると、アツシもさっき帰って来たところらしくて、シャワーを浴びていた。
 俺は、スーツをハンガーに掛けると自分も服を脱いで浴室へと入って行った。
「あ、お帰り。早かったじゃん、オレもさっきだけどな。」
「ああ、今日はすんなり帰って来れたよ。」
 アツシにそう言って横に滑り込むと、シャワーのお湯を頭から掛け、顔をゴシゴシと擦った。
「先、出るなー。」
 そう言うと、ペチッと俺の尻を叩いて出て行く。

 こんな事にも慣れてしまった。身体に触れたからと言って、即、欲情するわけではなく、普通に肩を組んだり叩き合ったりした昔の学生時代の名残があった。
 西さんが言った、狙われたら恐い、なんて感情は俺には微塵もない。むしろアツシに狙われたいと思っていた方だし.....。

 着替えをするとリビングに行ったが、「今から、この前いなかった部屋のトコ、回ってみるか?」とアツシが言う。
 日曜日に、アツシの帰りを待ってこのマンションの住人に挨拶をして回った俺たち。結局半分は出会えなくて、仕事の時間帯も色々なんだろう。かといって、あんまり夜遅くに行くのも悪いしと、後回しにしていた。

「そうだな、平日の晩ならいるかも.....。1と5号室以外は2LDKの部屋だから学生もいるって言ってたもんな。」
 森口さんに聞いたここのマンションの間取りは、各階の端の部屋が3LDK。他は2LDKらしくて、独身者が多いと言っていた。
「じゃあ、205号室から行くか?終わってから晩飯でもいいよな。もし居なかったら又明日でもいいし。」
 アツシが言って、俺は「そうだな。」と納得した。

 二人で階段を降りて行くと、205号室の部屋の前で立ち止まる。インターフォンに手を伸ばして押すと、暫くして「は~い。」という男の声が聞こえた。ここは3LDKだが、家族持ちではないらしくて、学生が3人で借りていると言っていた。いわゆる’シェアハウス’的なものだろうな。

「失礼します、今度405号室に越して来た者です。ご挨拶に伺いました。」
 俺がインターフォンに向かって話すと、隣でアツシがニヤっと笑った。
「今開けま~す。」
 軽い返事が聞こえてすぐにドアが開くと、中から出てきたのはタンクトップの男。小柄で大学生風の男は、短パンを穿いていたが体毛が薄いのか足はつるっとしていた。

「こんばんは。自分は山城、で、こっちは渡部と言います。一応管理人の仕事もするんで、顔だけ覚えておいてください。あと、何かありましたら言ってください。オーナーに伝えますから。」
 俺が言うと、その男はニコリと笑顔を向けてくれて「僕は田嶋です。他はバイトで出払ってて、夜中にならないと帰って来ないんで。」と言った。笑顔を作ると、左の頬だけにえくぼが出来て可愛らしい感じのする男。

「大学生?」
 アツシが聞くと、「はい、K大の2回生です。」と言った。
「頭いいねえ、他の二人も?」
「はい、同じ学部で、..........でも歳は一つ上なんですけどね。」
「へえ、そうなんだぁー。」

 アツシと田嶋くんの会話に入れない俺は、ちょっとだけ疎外感を味わった。
 客商売をしているアツシは、こういう若い子と話す時、本当に楽しそうに話す。俺とは大違いだ。
「じゃあ、二人にも伝えてください。今夜はこれで失礼します。」
「はい、分かりました。ご苦労様です。」

 ドアが閉まると、アツシは俺の顔を見る。その顔は含みのある顔で、何か言いたげだったが、俺は「次、行くぞ。」と言って廊下を歩きだした。






 
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コメント

非公開コメント

Re: No title

宙水さん いらっしゃ~い。
コメ連投有難うございます(*''ω''*)

ちゃっかり二人のカプで続いてしまいました 笑

「まわり道」では見えなかったもの、お届けできたらいいなって・・・

冷静な拓海くんも頑張ってま~す。笑

No title

を?色々と展開していく兆し(^^)/