『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-3

 シンクの洗い物を二人で終えると、「じゃあ、顔洗ってくる。」と言って、アツシが洗面所へ向かう。
 その姿を横目で見ながら、俺は濡れた手をタオルで拭くと、寝室へ行きドアを開けた。

 寝室にあるのは、ダブルベッドとサイドテーブル、それから木製のオープンラックだけの、シンプルなインテリア。男が二人で寝ても、余裕のあるベッドは有難い。が、アツシはこの部屋を他人には見せられないと言う。
 俺の和室の押し入れには、和布団が一式用意されていて、これはアツシが前に使っていた物だったが、誰かが訪ねて来ても、俺がこの部屋で寝ていることを知らせるためでもあった。つまりはダミーの布団って訳だ。
 それを言い出したのはアツシ。森口さんには、俺たちの関係を伝えてあると言ったのに、それでも頑なに体裁を保とうとする。

「あ、そうそう、オレ明日の朝は、拓海と一緒に家出るから起こしてくれよな。」
 顔を洗い終わって寝室に来たアツシが言うと、「え?早いじゃん。」と俺が言った。
 このマンションに来てからは、少し通勤時間が掛かるのもあってアツシも早めに出ていたが、それでも俺よりは30分くらい遅かった。

「なんかあるのか?俺の時間で起こしていいの?」

「うん、明日、本社に寄らないといけなくて、電車も乗り換えあるからさぁ。」
 少しだけ嫌そうな顔をして、自分の枕にカバーをかける。

「そうか、分かった。じゃあ、駅までは一緒だな。」
「うん、一緒。」

 そう言うと、今度は嬉しそうに笑う。休日を一緒に取る事の少ない俺たちは、アツシが早番の時に待ち合わせをして帰る事ぐらいしか楽しみが無い。朝の時間に、一緒に駅まで向かうなんて事はなかった。だから、自然と微笑みが洩れてしまうんだ。

「朝の通勤電車の中は地獄だぞ?!それも夏場は特にな。大丈夫か?」
 俺がアツシに言うと、枕に頭を乗せながら「大丈夫だって。拓海が毎日出来てるんだから、オレにだって出来るさ。」と笑った。
 
「そりゃあそうだな、大学の時は一限目の授業の時とか早かったもんな。でも、自転車通勤していた頃が夢の様だろ?!」

「ああ、前はギリギリまで寝てられたもんな。家から20分って、最高の立地だったよ。」
 ベッドに横たわって、俺に振り向くと言うが、少し前までの記憶が、今は懐かしく思い出されるのか、ぼんやりと天井に目をやりながら口元には笑みを浮べていた。

「じゃあ、6時半起きだ!起きなかったら置いてくから。」と、アツシの鼻を摘むと俺が言う。
「イテぇ、.......分かった。ちゃんと起きるから。」
 俺の手を掴むと、アツシは体制を変えて俺の上に上体を乗せてきた。肩をグッと掴んで鼻先に顔を近付けてくると、そのままじっと見る。でも、その口元がニヤケて来ると、堪えきれずに俺の鼻に吸い付いた。

「ぶふっっ!........やめろって。」
 俺はおもいっきり顔を背けて、アツシの頬を手のひらで押しやった。
「やめない!」
 イタズラな目をしたアツシが俺の上に乗ってくるから、仕方なく足を身体に回すと、逆に羽交い絞めの様な格好になる。まるでプロレスごっこの様で、二人で顔を見合わせると笑ったが、その内静かになると、アツシが俺にキスをしてきた。
 ほんの軽いキスは、今日の締めくくりの様なもので、ベッドに身体を預けると俺の肩に頭を付けてアツシは眠りにつく。
 
 こうやって、俺たちの一日がまた刻まれて行く。何気ない毎日の中の一コマ。それがどんどん重なって、二人の思い出を増やしてくれる。
 俺はサイドテーブルに置いた携帯のアラームをセットすると、もう一度アツシの頭を自分の肩に付けて瞼を閉じた。

 - - - 
 朝は、眠い目を擦りながら支度をするアツシ。
 普段は、自分の起きる時間でないと起きてはくれない。俺は勝手に自分の事を済ませると、ドアにカギをかけて家を出ていたが、今日の様に一緒に出掛けるとなると、洗面所を取り合うように使うので勝手が違って困ってしまった。

「もう行くぞ。」
 玄関で靴を履くと、ジャケットを腕に持ってアツシを待つ。
「すぐ行く、ちょっと髪の毛が.....。」
 天然パーマのアツシの髪は、朝の時間のほとんどをセットに費やしてもまとまらなくて。結局は所々が跳ねているんだけど、それはそれで可愛いと、俺は思っている。が、本人は「ぅわあ~っ!」っと、腹立たしいのかせっかくセットした頭を掻きむしっていた。


 俺たちが階段を降りて行くと、丁度205号室の玄関が開いて、中から昨夜の田嶋くんという大学生が顔を出した。
「あ、おはようございます。」
 朝から清々しい顔で挨拶されて、「おはようございます。」 と言ったが、こちらは全く清々しさとは遠く、あくびが出掛かっていて堪えながらの挨拶だった。

「今から学校?」と、アツシが尋ねる。階段の並びを一緒にすると、田嶋くんはアツシの鼻辺りの身長で、肩幅も狭いのか後ろから眺めるとまるで女の子の様だった。

「今日は一限目取ってて、早いんです。えっと、管理人さんはいつもこれぐらいの時間ですか?」
 名前を憶えていないのか、アツシの事を管理人さんと言っているから笑ってしまった。
「オレは、ワタベ。で、こいつが、ヤマシロ。まあ、管理人さんでもいいんだけどさ、そう呼ばれると、急に老け込んだ気がする。」
 アツシが笑いながら田嶋くんに言うが、後ろの俺の顔を見ると、目をクリっと丸くさせた。

 .........、え?
 何かの合図か?
 よく分からないが、下につくまでの間、アツシは田嶋くんと並んで嬉しそうにしゃべっている。
 
 それから、所どころシャッターの開きだした商店街を抜けると、駅までの道を三人で歩き、途中、車の通行の邪魔にならない様に二人の後ろに付いた俺は、なんとなく違和感を覚えながら歩いて行った。






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