『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-4


 駅に着く頃には、爽やかな朝日も徐々にギラつきだして、俺の額にも汗の粒が光る。
 アツシと田嶋くんは改札を抜けてもまだ話していて、「アツシ、じゃあな!」と言った俺の声でようやくこちらを振り返った。

「ああ、じゃあなー。」
 簡単に手を振ってこたえると、アツシは反対方向の通路へと向かう。何故か田嶋くんも同じ方向らしくて、俺に会釈をするとアツシと並んで歩いて行った。

 - どうも調子が狂うな..........

 確か今朝は、二人で一緒に駅までの道を並んで歩けると喜んでいたような............。
 こんな事は珍しいし、ここに来てからは初めてだった。なのに、田嶋くんを交えてしまったら俺の存在は忘れられて...........。

 ホームで電車を待つ間、俺の頭の中はスッキリしない靄がかかったようだった。




 会社に着いて、エレベーター前にいる社員の中に紛れると、ぼんやりと上から降りてくるのを知らせるオレンジ色の数字を眺めた。
 ドアが開くとともに、乗り込む社員たち。歳もバラバラだし、女子も何人か乗っている。エレベーターの箱の中では皆静かで、朝の眠気が残っているのか、俺同様ぼんやりとした顔の奴もいた。

 各階で、ピンポーンという音と共にドアが開いて、何人かが降りる。
 1階から6階までは各部署ごとに分かれて業務を行っていた。
 俺は’シールズ’という美容関係の商品を扱う会社の営業担当。その中でもいろいろな部門があって、俺の部署は海外からの商品を各地のデパートなどに卸している。
 入社間もない頃は、先輩に付いて地方へ営業に回ったが、最近では同僚と組んで営業に行かされる。
 飛び込みで商売をする訳じゃ無いから、そこは安心して回れるが、中には面倒とばかりに5分もすれば退席してしまう担当者もいた。忙しい中時間を割いてもらい、新商品の売り込みをするのは心苦しいが、こちらも仕事だし、納得して購入してもらわないと困る。一日のほとんどを外回りの仕事に当て、事務所に戻れば報告書を書いて上司に持って行く。大体毎日がこんな流れだった。

「今日のアポ、山城くんが取ったの?」
 同僚で俺と組んでいる西さんが聞いてきて、「はい、そうですけど。」と言うと、少しだけ眉を八の字にして、「あそこの購買部、一人だけキツイ人いるんだよな~」と頭を掻いた。

「そうでしたっけ?.......誰だろ。」
 俺は、今まで出会った担当者の顔を頭に思い浮かべた。が、皆優しく接してくれていたような気がして、西さんが出会った人に俺はまだ出会っていないのかと思った。
「自分にはちょっと分からないですけど.....、恐い人いましたかね?!」
 そんな風に聞いてみる。

「あー、山城くんだから、だよな。きっと、おれには厳しくて山城くんには優しいんだ。イケメンは得なんだよー。」

「そんな、..........。」と、否定をするが、西さんは少しだけ悔しそうに笑う。
 


「初めの頃、神谷さんに連れて行ってもらったんですよ、その会社。」
 俺が、去年の今頃の話を思い出して言うと、西さんは更に眉を下げてこちらを見る。
「それってさぁ、相手にしたら有無をも言えないって感じじゃない?いい男が二人そろって営業に回ったんじゃ、蔑ろに出来ないし。」

「そんな事ないですよ。だって担当者は女性じゃなかったし。」
 俺が西さんに言ったが、「あ、」っと思い出した事があった。
 先日聞いた、神谷さんの’ホモ説’が本当なら、相手の目をじっと見つめる様にして話す神谷さんには、その魅力がある。俺自身は気付かなかったが、もし、相手にその気があったら気づくはずだ。

「神谷さんと山城くんのコンビ後が、おれとじゃなー。なんか気が引けるんだよな。」
 西さんはそうぼやくと、資料とサンプルをカバンに詰めた。

「まったく.........、変な事言わないで下さいよ。」
 自分の鞄にも別のサンプルを入れると、俺は西さんと一緒に会社を後にする。

 正直、夏の間は涼しい事務所で仕事をしたいと思う。クーラーのきいた部屋に一日いると、もう外へは出られないだろう。
 そう思ったら、アツシが冷房のきいたビルの中で仕事が出来ていることを羨ましく思う。

 - 今日は本社へ寄るって言ってたな。
 今頃アイツも熱い中を歩いているんだろうか.........。

 隣にいる西さんの話に耳を傾けながらも、俺の意識はアツシの元へと行っていた。
 田嶋くんはゲイっぽく見えない事もない。あんなに華奢な体つきで、えくぼも可愛いし、話し方もスれていなくて真面目な感じだ。
 今朝の光景を思い出すと、胸の奥にチクっと鈍い痛みを感じる。俺が勝手に疎外感を感じただけで、アツシたちにとっては別に普通にしゃべっているだけの事。
 俺よりも、アツシの方が話しやすいって事なんだろうな。ファッション感覚も似たような感じだし、俺はスーツで、いかにもリーマン。
 四つ離れているだけでも、田嶋くんからしたら、ずいぶん年上と感じるんだろう。


 西さんとひと通り回った後、二人で喫茶店に入って休憩をする。
 店内は冷房が効いていて、身体の奥から生き返る心地よさを味わった。氷の入った水を飲みほすと、二人でアイスコーヒーを注文して、周りの客に目をやる。

 奥の席に目がいって、うしろ向きに座るその人が、雑誌を取りに立ち上がった時、それがミサキだと分かって、俺はおもわず声を掛けてしまった。
「ミサキ!」
 椅子から少し腰を浮かせて、俺が手を振ると、ミサキはそれに気づいてくれた。

「拓海?!........久しぶり。」
 そう言いながらも、俺の前に同僚が座っているので軽く会釈をする。
「すいません、ちょっと知り合いなんで、アッチ行ってきてもいいですか?」
 俺が西さんに聞くと「いいよ、ゆっくりしてきなよ。」と言ってくれて、コップを持つとミサキのテーブルに移った。

「どう?マンションの住み心地。」
 ミサキは小さい声で聞いてくる。
「快適だよ。今のところは、な。」
 俺が笑って言えば、「そうか、良かったな。」と微笑んだ。

「アツシがおとなしくてキモイけどな。アイツ、遊びに行かなくてさ、俺に遠慮してんのかな。」
 ミサキに冗談ぽく言ってみたが、「マジで?俺んちに居た時は週に二日は遊びに行ってたよ。」と言って笑った。

「じゃあ、やっぱり遠慮してんだ。」
「そうかなぁ.........、遊ぶのは卒業したんじゃない?」

 ミサキは俺の顔を覗くように言ったが、なんとなく変な感じがして目を逸らす。

 元カレと、俺が話す内容じゃない気もするが、つい、そんな事を言ってしまった。

「ごめん、仕事中だよな。又そっちに行くから、時間ある時電話する。」
「ああ、いいよ。今は土田と仲良くやってるし、アツシの事でなんかあったら相談に乗る。」
「.......うん、サンキュ。またな。」

 俺はミサキに頭を下げると、西さんの待つテーブルに戻って行った。





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