『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-5


 広いフロアをパーテーションで仕切っただけの部屋は、営業2課の部署で、その中の乱雑に書類が置かれた事務机の向かいに俺は座っていた。
「西さん、これ、なんとかしないと崩れて大変な事になりますよ?!」

「うん、分かってるんだけどね。入力する時間が無くてさ。」
「でも...........。」

 俺の目の前には、西さんがため込んだ資料の山があって、俺の机はその向かいにあった。
 一応は机の間に仕切り板があって、こっちに雪崩れ込む事は無いと思う。が、いつ崩れるかもしれない山を眺めての仕事は、あまり心地いいものじゃない。
「自分、手伝いますよ?!USB貸してください。」
 そう言うと、向かいの西さんに手を差し出す。

「ごめんね。ホント........。じゃあ、悪いけど、このファイルの分を打ち込んでもらえるかな?」

「はい、分かりました。」
 USBとファイルを受け取ると、早速自分のパソコンに差し込んで開く。
 データ管理は、別の部署がやっているが、これは個人用の売れ筋を把握するためのもので、各自が営業先で指摘を受けた事や訪問のサイクル、販売の状況を打ち込む事になっていた。月ごとにまとめて、会議の材料にしたりするが、手帳にしてしまうと、個人しか見る事が出来ないので、こうやって共有ファイルに入れる事にしている。

「山城くんのブラインドタッチすごいね。おれ、キーを見ないと心配でさ、もう下ばっか向いてるもんだから疲れちゃうんだよねー」

「.....、西さん、しゃべっていると終われませんからね。手を動かしてください。」
 俺はそう言って年上の西さんにお願いをする。これじゃあ定時には帰れないよ。せっかくアツシが早く帰って来るというのに......。

「悪いなー、ホントに........。」
 尚も謝る西さんを無視するように、俺は画面に集中した。



 二人で手分けして、やっと3分の1を入力し終えると、「じゃあ、後は頑張ってください。自分は先に失礼しますから。」と、USBを西さんの机の上に置いた。
「あ、有難う。助かったよ。お疲れさん。」
「お疲れ様でした。お先です。」

 やっと解放されると、俺は鞄を抱えて部屋を出る。
 周りにいる同僚や先輩も、それぞれ自分の仕事を終えると挨拶だけして出て行った。

「あ、お疲れさん。」
 エレベーターの前で声を掛けられて、振り返ると神谷さんが俺を見ていた。
「お疲れ様です。今日は早いですねぇ、いつもはもっと遅いんじゃないですか?」
 普段、定時に帰る神谷さんを見る事が無くて、聞いてみる。が、「そんな事ないよ、ここ最近は案外早いんだ。」と言って笑った。

 エレベーターが来て二人で乗り込むと、俺の背後に立った神谷さんは、「山城くん身長もあるし、顔もいいからモテるだろう。」と背中越しに話しかけてくる。エレベーターの中には俺と神谷さんの二人だけだったから、そんな事を言ってきたんだ。

「そうでもないです。自分って、話しかけづらいんですかね?」
「え?そんな事ないってー、全然話しやすい方でしょ。あれだな、カッコ良すぎて距離置かれるとか。特に男は対抗意識を燃やすんだよ。」
 神谷さんにそんな風に言われて光栄だったが、「まさかですよ。神谷さんの方こそカッコイイって騒がれているじゃないですか。」
そう言うと、後ろで、ははは、という笑い声が聞こえた。

「その他大勢に騒がれてもなー、肝心の人がなびいてくれないんじゃ、宝の持ち腐れってやつだよ。」
「え?」
 俺が聞き返すと、エレベーターが一階についてドアが開いた。
「じゃ、お疲れ。」
 神谷さんは、ポンッ、と俺の背中を叩くと、先に出て行ってしまった。

「.......お疲れ様......です......」
 気の抜けた挨拶を神谷さんの背中にすると、自分も又鞄を抱えて会社を後にする。




 夕方の時間帯、電車の中は、帰宅するサラリーマンや学生たちでごった返していた。
俺は入口の側に立つと、頭上のポールを掴んでは電車に合わせて揺られる。身長のある分、摑まるところも多くて助かるが、毎日の事でも慣れないものだった。

 やっとの事で駅に降り立つと、スマフォの画面を確認した。
 アツシからのメールが入っていないかチェックするが、何も来ていなくて、仕方がないので適当に食べるものを買い込むとマンションへと帰る。

 鍵を差し込むと開いていて、ドアを開けたら玄関に並べられた知らない靴が目に入った。

「アツシー、ただいま~。」
 声を掛けながら廊下を歩いていくと、キッチンから「おかえり~。」と言ってアツシが顔を出した。
「なんだよ、メールないから俺、買ってきちゃったよ。」と、ビニール袋を下げて言うが、キッチンの中にいた人を見てビックリする。

「あ、お邪魔してま~す。」
 そう言ったのは、205号室の田嶋くん。なんだか嬉しそうにアツシの隣でボールの中身をかき混ぜていた。

「あの、.......どうも、.......えっと、何を?」
 俺が二人に向かって聞くと、「ビシソワーズっていうの、拓海、知ってるか?」と、アツシが言った。
「は?びし.....?知らないなぁ。」
 そんな名前聞いた事が無いし、取り敢えず買ってきた物を冷蔵庫に仕舞った俺は着替えるためにキッチンから出た。

「ジャガイモの冷たいスープ!.........そうめんは飽きたしな!なんか変わった物で冷たいのって言ったら、田嶋くんが教えてくれて。」

 和室で着替える俺に向かって、アツシが大きな声で言った。俺はそんな事はどうでもよくて、何故家に来ているのかを知りたかったのに.....。いつそんな話になったんだ?今朝か?

「田嶋くんは、バイトとかしてないの?」と、リビングからキッチンに目をやると聞いてみた。
 昨日も、夜にはちゃんと家に居たようだし、今日も早く帰って来れたのか。大学生の内は案外バイトで忙しいものだが.....。

「はい、僕は今のところバイトは無しです。代わりに二人のご飯係っていうか.....。」
 少し困った顔をしながら俺に言うから、それ以上は聞いても悪いかと思って黙る。
 食事を作るのがバイトの様なものなのかもしれない。金をもらっているのなら、それが田嶋くんの小遣いになるんだろうし。

「そうか、じゃあ、そのビシ、なんとかってのも期待できるかな?!」
「ビシソワーズ!って言うんだよ。」
 アツシが、ダイニングテーブルにスープ皿を置いて言う。その顔がちょっと自慢げで、俺は俯くとニヤけるのを堪えた。





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