『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-8


 翌朝、少し早めにアツシを起こす為、着替えを済ませると寝室へと行った。
「おい、起きろよ。シャワーするって言ってただろ?」
 そう言って肩を揺すったが、眉がピクリと動いただけで目は開けないアツシ。

「..............、んん、」
 少しだけ返事の様に呻くが、まだ動かない。
「アツシ!俺、出掛けるからな。遅刻すんなよ?!」
「ん............................」

 生返事だけのアツシを寝室に残すと、俺はリビングに置いた鞄とジャケットを手に持ち玄関へと向かう。
 一応ドアのカギをすると、そのまま階段で降りて行くが、昨日205号室の田嶋くんに出会ったので、なんとなく意識をして降りた。
 
 2階へ降り立ったが、ドアの開く気配はなくて、何故か胸を撫でおろした。俺が意識する方が可笑しいんだけど..................。
 そのまま下の階へと降りて行こうとしたとき、背後でガチャっという音がして、一瞬目を向けた。今朝も一緒か?と見ていると、205号室から出てきたのは田嶋くんではなかった。

 「あ、205号室の方ですね。自分は405号室の、」と言いかけるが、俺の顔を見たその男は急に不機嫌な顔をすると、「あ~、困るんですよねー。」と言う。

「え?」
「昨夜、シオンの事さらったでしょ?!」
「.......シオン?って、誰ですか?」
「ああ、田嶋 紫音(シオン)だよ。うちのチッサイの。」

 田嶋くんが紫音(シオン)という名前なのを初めて知ったが、この男は同居しているひとつ年上のうちの一人。
 ヘアスタイルを気にしていそうな、シャレた茶髪の男だった。背の高さは俺ぐらいか.....。
「田嶋くんに世話にはなったけど、別にさらった訳じゃない。誤解でしょ?!」
 なんだか、ちゃんとした挨拶を交わす気も失せてしまう。年下なのに高圧的な態度をとられて、俺は「マンションの事で何かあれば、うちに言ってください。オーナーに伝えますので。」と言って下へ降りようとした。

「あ、待ってくださいよ。」
 男は俺についてくると、「吉田です。もう一人、村上ってのが居ますけど、バンドやっててあんまり帰って来ないんで。」という。
 さっきの、困るって言葉の意味を聞くのも変だし、俺は「そうですか。」とだけ言って一階につくと駅の方へ向かった。

「あなた、オーナーの身内かなんか?あんまり年は変わらなさそうだけど。」
 俺の隣に並ぶと、そう言って話しかけてくる。
「身内の方の後輩です。歳は多分あなたより三つ上。まあ、そう変わりはないのかな?!」

「よかった。管理人さんから挨拶文が入ってたから、どんな爺さんが来たかと思ってたし。シオンはしゃべらないからさ.......。」
 吉田という男は、田嶋くんがしゃべらないと言った。でも、俺たちには彼らの晩御飯を作る係だって.........。
 どういう事だろう。

「あの、さらったとか、人聞き悪いんで。俺の連れが料理を教わっただけですけど。」
 昨日の事を話してやると、吉田くんは納得して変な事を言ったと謝ってくれる。
 もう一人の村上くんの存在も気になったが、やっぱり俺の中では田嶋くんの存在が引っかかってしまう。それが何でなのかは分からない。年代が近いから気になるだけなのかもしれないし.......。

「じゃあ、」と言って俺が電車の改札を抜けると、吉田くんが俺と同じホームに来るから不思議に思った。
 昨日は確か、田嶋くんはアツシと同じ方向へ歩いて行った。大学はあっちだとばかり思っていたが。
 吉田くんのいる位置から少し離れると、俺はいつもの乗り口で電車の到着を待った。
 雑踏の中で、電車の入ってくる音と振動が伝わってくると、日常の景色にかき消される様に、俺の疑問も薄れていく。





 朝の通勤電車から解放され、会社に着いた俺は早速森口さんに呼ばれる。
 事務所と並びにある休憩所ですれ違った時、丁度出社してきた森口さんが「おっ、山城くん、おはよ」と声を掛けてきて、手招きをされた。あまり個人的な話をするのも気が引けるが、マンションの住人でまだ出会えていない人がいる事を伝えると、森口さんは少し笑いをこらえる様に口角を下げる。

「相変わらず真面目な奴だなあ、山城君は。そんなの気にしなくてもいいよ。お知らせでいいって言ったろ?」

「はい、まあ、そうなんですけど...........。何か問題とかあるといけないし。」
 俺は森口さんの顔を見て言うが、本当に気にしていない様で、「のんびりやってよ。今までだって特に問題を起こす住人はいなかったらしいよ。」と言った。
「住み心地はどう?」
 森口さんは俺たちの暮らしの方を心配してくれる。

「あ、快適ですよ。逆にあんないい部屋に住めて感謝しています。」
 俺がお礼を言う。あそこに移ってからの俺たちは、より一層絆が深まった気もするし.....。

「なら、よかった。とにかく、気を張らなくていいからね。業者が来たときだけ対応してくれたらいいんだから。」
「はい、分かりました。有難うございます。」
「じゃあ、」
「はい。失礼します。」

 会釈をすると、俺は森口さんから離れた。もう他の社員も出社してきていて、あまり二人でコソコソ話すのもおかしいと思われる。

 自分の机に戻ると、休憩室で買った水のペットボトルを置いた。机の向かいには、昨日、西さんがやり残した書類が置かれているが、あの後一人でどこまで片付けたのか心配になった。


「おはよう」
「あ、おはようございます。」
 俺が心配すれば、西さんは昨日と変わらない様子で出社してきて、目の前の書類をひとつずつ手に取って眺める。

「昨日、残業したんですか?」と、向かいの西さんに尋ねると、「うん、一時間ぐらいだけどね。課長に怒られちゃったよ、やることが遅いんだ、ってね。山城くんを見習えって言われた。あはは、」と、何処か人ごとの様に笑った。

「今日は事務作業をやりますか。特に急ぎの打ち合わせとかはないですからね。自分も打ち込みとか手伝いますから。」
「やあ、有難いなぁ。じゃあ、そうしますか。」
 西さんもホッとしたのか、何度も何度も、俺に向かって「ごめんね。」といった。


 やっと昼になり、俺と西さんはいつも会社の前にやってくる弁当屋へ買い出しに行く。
 エレベーターは昼食を食べに行く人で満員で、みんなそれぞれにお気に入りの弁当屋があるらしく、早く行かないと売り切れてしまうから必死だった。

「あれー、神谷さんだ。珍しいなぁ、あの人が弁当なんか買いに来るのって........。」
 俺の横に居た人が、そう言っているから同じように視線を向けてみると、本当にあの、神谷さんが弁当を片手に歩いて来た。

「今日は外食じゃないんですか?」
 俺が近くに来た神谷さんに聞いてみると、「ああ、今日はフラれた。オレに付き合ってると金がなくなるってさ。」と言って苦笑いを浮かべる。

「え?ああ、彼女ですか?昼間にデートなんてシャレてますねぇ。でもワリカンなんですか?」
 俺が言うと、神谷さんは益々苦笑いをして、「それ、本気で言ってるのか?オレの事聞いた事ない?彼女なんてモノ、今まで作った事ないんだけどな。」
 そう言うと、俺を残して戻って行った。

「山城くーん、本人に聞いちゃうなんて........。」
 西さんは俺の顔を覗き見ると、ちょっと呆れたように言う。そして、その時初めて西さんが言っていたホモ説が、本当の事なんだと分かった。







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***こちらに登場している『神谷さん』というのは、pixiv小説に投稿しました
「オレンジタウン」残響のひかり。のサブ主人公です。

こうやって別のお話に出てくる人を絡めていくのって楽しい。(^◇^)

押しの強いゲイの役どころでございます。
あの、蕎麦屋も出てきますよ。
↓  ↓
「オレンジタウン」残響のひかり。1話~11話

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