『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-9.

 その日は、終業時刻を過ぎても気分がモヤモヤしたままで.......。
「じゃあ、お先に。今日は有難う、お蔭で入力終わってホッとしたよ。」
「ああ、はい。お疲れ様でした。」

 西さんの背中に挨拶をすると、俺は机の上に肘をついて頭を抱える。
 昼間の失態、というか先輩にあんな事を言わせてしまって、自己嫌悪に陥った。神谷さんがさらりと言うから、周りの人は気付いていないかもしれないが、ある意味カミングアウトさせてしまったんじゃないのか?彼女なんかいた事ないって、そういう事だよな....。

 仕切られたパーテーションの影から営業1課のブースを見ると、神谷さんが同僚と談笑していた。それをじっと見つめながら、昼間の事を謝った方がいいのかと思って神谷さんが一人になるのを待つ事にする。仕事以外でこんなに緊張した事はない。

 少し待っていると、1課の人が席を立って俺の方へと近づいて来た。
「誰か呼びます?」
 女性社員は、俺の顔を覗くように聞いてくる。そりゃあ、こんな所で突っ立っていたら不審だよな。用があるなら声を掛ければいいんだけど.......。
「あ、えっと、神谷さんを.......。」
 仕方がないのでそう伝えると、「神谷く~ん。」と大きな声で呼んでくれた。

 - や、そんなに大きな声で呼ばなくても........

 そう思いながらも、こちらを見た神谷さんと目が合うとお辞儀をする。逃げる訳にもいかず.......。


「どうした?なんか用かな?」
 俺の前に来た神谷さんは、全くいつもの通りで、俺を見ても顔色一つ変えなかった。

「あの、.........ちょっと、ここじゃあ........。」
 周りの社員に聞かれたら、余計にマズイと思った俺が首を傾げると、「じゃあさ、飲みに行こうよ。時間あるんだろ?!」と言われる。もちろん時間はある。無くても作るしかないよな。先輩に誘われたら断る理由がない。それに俺の方が神谷さんに話したいと思っているんだから。

「もちろんです。」
 更なる緊張感を持って俺が答えると、神谷さんはちょっと待ってて、と言って荷物を取りに行った。


「オレの知ってる所でいい?」
 そう聞かれたので、「はい、お願いします。」とお辞儀をした。
 神谷さんは、ははは、と笑いながらも、俺の肩にポンポンと手を乗せると、「緊張すんなよ。」という。

 夕方6時をまわっているが、外はまだ明るくて、食事をするには早過ぎる。お酒を飲むと言っても、そんな店はまだ開いたばかりだろうし.......。どこに行くのかと付いて行けば、タクシーを拾って向かったのは、先日出会ったばかりのビルの中にある蕎麦屋だった。

「ここ、好きなんですねぇ。前にも連れて来てもらいましたけど、先日も昼に会いましたよね。」
 俺が神谷さんにそう言うと、「ああ、そうだったなぁ。ここさ、個室があるだろ?!話がしたい時は、ついここに来ちゃうんだよな。」と言って目を細めた。

 店の人に案内されて奥の個室へと向かう。落ち着いた色合いで一枚板の立派な座卓は、多分高価なものだろうと思う。
 ここに来ても、俺は個室に来る事が無かったし、初めて入った部屋は4畳半ほど。
 荷物を置いて、座布団にゆっくりと腰を降ろすと、向かい合って座った神谷さんが俺をじっと見る。

「ざる蕎麦でいいかな?それとお酒を少しだけ。」
「はい、お願いします。」
 俺が言うと、神谷さんは店の人に注文をしてくれる。お酒は日本酒だったが、辛口の飲みやすいものらしかった。
「あ、俺、酒はあんまり強くないですから。」と、先に断りを入れておく。
「大丈夫だよ、オレは無理には進めないから。」

「あ、はい。」
 神谷さんはとてもスマートな人で、他の上司の様に飲むことが営業の仕事、みたいな事は言わない。そういう所も、俺的には尊敬できるところだった。

「で、何かオレに話でも?」

「あ、............そうでした。あの、昼間の事を謝りたくて.........。」

「昼間の?..........なんかあったっけ?」

 神谷さんは忘れてしまったんだろうか、本当に気にしていないのか?

「唐突にすみません。神谷さんがホモだってのは本当ですか?」
 まわりくどく言っても仕方がないので、ズバッと聞いてみた。どのみち謝る事に違いはない。

 神谷さんは、座卓に乗せた腕を顎の前に持ってくると、指を交差させて俺の顔を見た。

「山城くんはホント、面白いな。そんな事を聞いてどうする?っていうか、昼間の事って、ソレか。彼女がいるとか居ないとか。」

「はい、そうなんです。俺は噂とか知らなくて、本当かどうかは分からないんですが、変な事を言わせてしまったんじゃないかと思って..........。すみませんでした。」
 そう言って頭を下げる。と、神谷さんはまたもや、ハハハツ、と高笑いをした。






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