『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-10


 4畳半の蕎麦屋の個室で、俺と向き合った神谷さん。
鼻筋の通った、三十路前のスマートでカッコイイ男性が、ホモだなんて俺には想像がつかない。でも、こうして向かい合って瞳を覗かれると、男の俺でもゾクっとしてしまう程魅力的だった。

「前は隠していたんだけどね、自分の性癖。でもさ、男も30手前になると結婚の事とか聞かれるんだよな。人のいい上司は見合い話を持ってくる。で、そういうのをイチイチ誤魔化すのが面倒になって、誰かに話したんだ。そうしたら、それが伝わって......、てっきり君も知っていると思ってたよ。」
 神谷さんは、俺の目を見て言うが、困った表情ではなくて堂々と、余裕さえあるような感じで話す。そこが又男らしく感じた。

「自分は、.......実は同僚がそんな噂があるって話してくれたんですけど、信じられなくて。」

「そうか、.......で、昼間の話の流れが気になったって訳?!」
「はい。」

「気にすることはないよ。声高に私はホモですっていう必要はないけど、隠す事でもない。オレはオレのままだし、恥じてもいない。」

 神谷さんはそう言うと、運ばれてきた酒を俺に注いでくれた。
 恥じていない........。その言葉が俺の心に沁み渡る。と、同時にアツシの顔が浮かんでしまった。

「自分の連れもホモなんです。っていうか、ゲイって言った方がいいのかな?でも、神谷さんの様に堂々と出来なくて、体裁を取り繕ってますよ。」
 俺は、何故か神谷さんに話してしまいたくなった。森口さんやアツシの上司の山野辺さんたちに話したように、俺がアツシと付き合っていることを隠したくなかった。恥じる事をしていると思われたくない。

「...........、驚いた、..............連れっていうのは、君の相手の人って意味?」

「そうです。親友で、男で、俺が一番好きな奴で、今一緒に暮らしています。」

「.................、そうか。.................、羨ましいな、同棲しているなんて。でも、山城くんってゲイじゃないよね、前に社内の女子と付き合っていたもんな。」
 神谷さんは言葉を選びながら話す。

「はい、実は長い間気づかなかったんですが、俺はずっと連れの事が好きだったみたいで、ある事がきっかけで自分が仕舞い込んでた感情が漏れ出したんです。だから、俺から付き合おうって言いました。」
 そう言ってしまうと、胸のつかえもスッと取れた気がした。神谷さんとこんな話が出来るなんて、変な感じではあるが。
 
「潔いな、君は........。」
 そう言うと、神谷さんは酒を一口飲んでから、蕎麦に箸をつけた。そこからは、ただ黙々と蕎麦の味を堪能する。
 ひとまずは謝って、神谷さんの事も理解出来たし、何より身近な先輩でアツシと同じ様な人がいるって事が心強かった。 

「あの、.....良かったら相談とか聞いてもらってもいいですか?今のところは特にないんですけど、その内.....。」
 神谷さんの顔を見ると、俺はお願いをする。
「ああ、オレで良ければな。けど、今は君らの方がオレたちより進んでいる気がするよ。逆に参考にしたいぐらいだ。今度またゆっくり馴れ初めとか聞かせてくれ。」

「はい、分かりました。」
 頷くと顔が綻んでしまった俺は、ちょっと恥ずかしくなって、急いで蕎麦を掬うと思い切りすすった。




 日本酒を少しだけ口にして、ほろ酔い加減で帰宅した俺は、玄関のドアを開けるとしばし固まってしまった。
昨日の再現フィルムを見ているような、昨日と同じ靴が並べて揃えられている玄関に立つと、「ただいまー。」と、やっぱり大きな声で中の人物に聞こえる様に言う。

「おかえり」
「おかえりなさい」

 アツシと田嶋くんに向かえて貰うのは嬉しいが、心のどこか奥の方ではチクリと刺すものがあった。
「田嶋くん来てたんだ?!下の人のご飯は?」と、わざと聞いてみたら、「吉田さんは友達と飲み会で、もう一人の村上さんはバンドの練習とかで食事は要らないって.......。」と言って肩を落とした。

「拓海が飯は済ませてくるって言ってたから、オレとシオン君で飯を食べてたんだよ。又作ってもらっちゃったんだけどな。」
 アツシが嬉しそうに話す姿は、俺にとっても微笑ましい事だったんだけど、なんて言うのか..............、穏やかな気持ちではいられなかった。

「あんまり甘えんなよ?!俺、今朝、吉田くんって子に会ったんだけど、シオンをさらった、なんて言われちゃったし.............。」

「え?そんな事言ったんですか?」
 田嶋くんは驚いて俺の顔を凝視した。でも、すぐにその顔は口角をあげた笑みを浮べると、困ったな、という表情に変わる。
 吉田くんという男が、そういう事を口走るヤツであるのを分かっているようだった。 

「マジで?さらったって、人聞き悪いなぁ。」
 アツシはそう言ったが、俺にも言葉の真意は分からない。田嶋くんを連れ出す事はいけない事なのだろうか?!

「じゃあ、僕は帰ります。アツシさんに要らないアクセ頂いて、助かりました。それに奢ってもらっちゃったし。」
 田嶋くんが俺の方をチラリと見ながら言う。
「いいって、昨日のお礼だし。ひとつレシピが増えたからさ。」
 アツシは相変わらずヘラっとした顔で言ったが、俺は笑えない。自分でも分かる、強張った表情になっていると思う。

「おやすみなさい。」
「おやすみ~。」
「おやすみ」


それぞれ口にして挨拶をすると、玄関のカギをかけたアツシがリビングにやって来た。

「田嶋くんには言ったのか?俺との関係。」
 俺は、スーツのシワを伸ばしながらハンガーに掛けると、アツシに背中を向けて聞いた。が、その答えは分かっていた。

「中学からのダチって言ってある。オレがゲイだって事も話していないからな。別に言う必要もないし。」

「そうかな.........、俺から見たら、アツシと田嶋くんは同類の様に見えるけど。」

 俺はそう言って、アツシの顔には目を向けずに着替えを手にすると、風呂場へと向かった。
 急接近してきた田嶋くんに、嫉妬にも似た感情が芽生えてくると、俺との仲を隠す気でいるアツシにも腹が立つ。

 あんなにデレっとした顔で田嶋くんを見ていて、ノーマルだなんて思えないっての。自分の顔を鏡で見たらいいんだ。俺は浴室へ入るとおもいっきりシャワーのコックを捻った。







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