『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-14


 取り敢えずの冷房が効いた室内でも、普段外を歩き回っている俺にとっては天国にいる様で。
 しかしパソコンに向かいながらも、取引先からの電話には対応しなければならなくて、これは外に出ている方が楽なのかも、と思えてきた。

「山城くん、悪いけど総務部に行ってここに記入してある備品貰ってきて。」

 奥に座る谷口さんは、俺より10歳上。課長でも係長でもなく、単なる先輩なんだけど、やたらと人使いが粗くって、そのくせ若い女子社員には滅法甘い。最近のセクハラ問題にも「そんなの気にしていたら一言も喋れないよなぁ、女の子だって下ネタ好きじゃん。」と一蹴。こういう人にかぎって奥さんには弱いんだろうなって思う。

 メモ書きを手にしてエレベーターの前まで行くが、当分来ないようなので階段で降りる事にした。が、途中、下のフロアから上がって来た人物と遭遇して俺の足は一瞬止まった。
「あ、.............」
「.........、どうも。」

 ぎこちない言葉。それを感じながら、俺が階段を降りようとするが、「あの、」という彼女の言葉で再び身体が止まる。
「.........はい?」
 尋ねる様に返事をすると、彼女は一応辺りを見廻してからこう言った。
「私、フラれたんですか?」
「え?」
 今更ながら、この状況でそんな事を言われるなんて。もう付き合えないと、話したはずなのに.....。

「納得したわけじゃないです。だって、告白したのは私からだけど、付き合ってもいいって言ってくれたでしょ?あんまりデートとかは出来なかったけど.....」
 彼女は、声が大きくなりそうなのを抑えて話す。手にした資料は、何処かの部署へ届けるんだろうに、くるりと手の中で丸められてしまっていた。

「付き合ってもいいと言ったのは事実だけど......、自分の気持ちに気付いたっていうか。悪いとは思うよ、キズ付けたなら謝る。でも、俺が選んだのはキミじゃない、申し訳ない。」
 階段の踊り場でそう言うと、俺は彼女に頭を下げた。
 なんと言われようと、俺は彼女に謝るしかない。アツシの事は置いといて、自分の気持ちを偽ることは出来ないんだ。

「山城さんって、もっと誠実な人だと思ってた。軽い気持ちで受け入れてもらいたくなかった。初めに言ってくれてたら良かったのに.....。」
 彼女の顔色が暗くなると、俺は「本当にごめん。」と頭を下げるしかなくて。たったの3か月しか付き合っていないなんて事を言い訳に、彼女が傷つかないって勝手に思いこんでいたんだ。彼女の気持ちを一旦は受け入れた。それは、相手に希望を持たせてしまう事になる。なのに、アツシを選んだ俺は、あっさりとなかった事にしてしまった。

「フラれたのに、いつまでも愚痴を言ってすみません。でも、私の気持ちも分かってもらいたくて........。」
 彼女はそう言うと、俺にお辞儀をして階段を駆け上がって行った。
 そっと顔だけを向けて、彼女の後ろ姿を見送ると、俺は自己嫌悪に陥る。昔の松原あけみの事が頭をよぎった。あけみの本心に気付かず、あっさりと付き合う事を了承してしまい、あけみの方から離れて行った時でも、ホッとしていたぐらいだ。

 アツシには偉そうな事を言ったが、俺自身なんの覚悟も出来ていなかった。

 
 総務で備品を調達すると、急いで部署に戻ったが、
「山城く~ん、何処で油売ってるんだよ。時間かかり過ぎ。」
 谷口さんにそう言われると、俺は「すいません。」と謝った。





 その日一日は、彼女の顔と言葉が頭から離れなくて、駅に降り立った時、ふと前から来た田嶋くんの姿を目にした俺は漸く我に返った。俺の方角とは反対の降り口から出て来て、田嶋くんの隣にいる男は、長髪で目つきの鋭い顔をしている。咄嗟に、その人物は205号室のもう一人の住人だと分かった。

「あ、こんばんは。仕事帰りですか?」
 俺に気付いて先に声を掛けたのは田嶋くん。俺は、「あ、どうも。そうです。」なんて、味気ない返事を返す。

「こっちの人、初めてですよね?村上さんです。同じ部屋の.....。」
 隣の彼を手で指し示すと、俺の方を見て言った。
「で、こちらが新しい管理人の方、........えーと、タクミさん。でしたよね?!」
 又俺の顔を覗くように言った。

「こんちは。」
「はじめまして。」

 通り過ぎる人波を遮る様に立ち止まったままで、若干申し訳なさそうに挨拶を交わした。
 俺が見る限り、田嶋くんの一つ上だという彼は、歳の割には物怖じしないタイプで、バンドをやっていると言うが、その髪型以外は派手な感じを受けなかった。

「じゃあ、失礼します」
「ああ、はい。」

 俺たちは改札を抜けると、それぞれに同じマンションへと向かうのだが、帰り道を一緒に喋りながら、なんて事にはならない様だ。

 彼らの後ろを付いて行く格好で、なんとなく前の二人が目に入ると、田嶋くんが村上くんの顔をいつも見上げながらしゃべっているのに対して、村上くんは一度も田嶋くんの方を向かないのが気になった。
 歳の差、というのか、それだけじゃない気がする。田嶋くんは小さい子供が親に話すときの様に、目を輝かせて何かを語っている。そんな田嶋くんを見ていると、確かに可愛い、なんて事を想ってしまう俺だった。








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*** 毎日更新をしていましたのに、ちょっと寝込んでおりました。💦
久々に高熱を出して、人の世の儚さを垣間見た私ですが、あっという間に復活致しまして 笑


さて、アツシと拓海。それから新たに登場の村上くん。
205号室の彼らの関係が徐々に分かってまいります。
では、今後ともよろしくお願い致します。(*^^*)

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