『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-20


 まさか西さんとの会話に出てきた夏目さんが、俺のマンションにやって来るだなんて予想だにしていなくて、玄関までの短い廊下を躓きながら走ると、慌てて玄関のドアを開けた。

「あ------」

 女の子の泣き顔は、はっきり言って苦手だ。掛ける言葉もみつからなくて固まってしまう。
「あの、..............えっと、...............どうした?」
 やっと声を掛けると、彼女は押さえた鼻の頭から手を離す。涙が頬を伝っているが、それを拭ってやることも出来ない俺は、ただじっと彼女からの返事を待っていた。

「す、すみません.........。こんな事、迷惑ですよね?!分かってるんです、けど..........」
 尚も涙は溢れ出すばかりで、先日もだが、俺の中ではとっくに彼女の事は終わっていたし、そう理解してもらったと思っていた。まさか家まで来て泣かれるなんて...............。

「と、とにかく、中に入ってくれる?ここで泣かれても困るし......。」
 俺は彼女が入りやすいようにドアを大きく開けると促した。
「はい、すみ、ません........。」
 鼻をすすりながらも、玄関でパンプスを脱ぐと俺についてリビングまで来る。
「そこに座ってて........。」
「は、い。」


 彼女をソファーに座らせると、俺はキッチンへ行き冷蔵庫からお茶を取り出すと彼女に入れてあげた。前のアパートに彼女が来たときの事が蘇る。あの頃はごく普通にお茶を出し、共通の仕事仲間の話題から観たい映画の話、テーマパークに行きたいとか、他愛もない会話を楽しんでいた。そして、気分が乗ればそのままセックス...................。

 それが、今日は------。
 彼女の向かいに腰を降ろすと、ゆっくり顔をあげて彼女を見た。

 お茶を飲むと少し落ち着いたようで、俺はホッとした。
 アツシが帰ってくる前になんとか帰ってもらわなければ................。

「すごく広いんですね。森口部長のマンションって聞きましたけど-------。おひとりですか?」
「.......えッ?!...............、いや、ひ、とりじゃ..........ないけど。」
 彼女の唐突な質問に、訳もなく汗が出る。彼女は人事課で、住所変更の手続きなんかをしたから知っているんだった。でも、誰と住んでいるかは分からない事だし、答える必要はないのかもしれないが、ウソをつくのも変だし.............。

「酷いですよ、こんなにアッサリと次の彼女と同棲なんて!........私は二股されてただけなんですね!」
 そう言うと、また彼女の目から大粒の涙がこぼれる。
「や、.......えっと、そういう訳じゃ無くて、」
 俺は心底マイッタ。大学の時に付き合った娘もひとりこんな感じの子が居たっけ................。

「ごめん、本当に。会社でも言ったけど、俺は謝るしか出来ないんだ。キミに落ち度は無い。俺がダメな男で、キミを傷つけるつもりは無かったんだけど、まだ付き合って日も浅かったし、俺よりいい男が現れるだろうと思って.....、本当にごめん、申し訳ない。」
 俺はソファーから降りると、床に膝をついた。土下座しろというのならそうしてもいい。とにかく、早く彼女には帰ってもらいたくて。

「日が浅いって、そんなの.............。私はこれからもっと深く付き合えると期待して、山城さんも私を好きなんだと思っていたのに。」

「そうなんだけど、あの頃は好きだったんだけど............、イヤ、違うんだ、好きっていう度合いが違ったっていうか..................。」
 なんとも、自分で何を言っているのか分からなくなる程混乱してきた。
 完全に俺もパニックに陥っている。壁に掛かった時計の針が一秒動くたびに、俺の心臓もヤバイぐらいにドクドクと波打つ。

「で、夏目さんは俺にどうしろっていうの?こんな風に家まで来てもらっても、俺の気は変わらないし、ホント、どうしていいか分かんないんだよ!」
 つい、粗い口調で言ってしまった俺。

「私はただ、自分の気持ちを聞いてもらいたくて.............。山城さん、ふたこと三言話して、もう付き合えないからって言っただけで.......。納得する間もなくて.........、ごめんなさい、何かしてもらおうとか、そう言うんじゃないんです、ごめんなさい押しかけたりして。帰りますっ!」 
 彼女は立ち上がると小走りで玄関へと行くが、俺も焦って後を追った。
 何をする訳でもないが、なんだかこのままじゃスッキリしない。せめてもう一度謝りたかった。

「夏目さんッ!!」
 玄関でパンプスを履こうとした彼女の肘を掴むと、俺は自分の方に引き寄せた。
「あッ----」
 その時バランスを崩した彼女が、俺の胸の中に飛び込んできて、思わず受け止めたその時、「ただい...........ま」の声が聞こえてドアの向こうのアツシと目が合った。


「................、な、に?!」

 アツシが思い切り眉を上げて聞く。

「...........、お帰り............。」

 引きつった笑みを浮べながらも俺はアツシを出迎えたが、何故かその隣には瞼を腫らした田嶋くんの姿が見えて、俺の顔には驚きと戸惑いと困惑の表情がすべてそろったようだった。






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