『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-27


 強い日差しが差し込むリビングのカーテンとガラス戸を開けると、外の空気を取り込む。
 マンションのベランダ越しから見る景色はいつもと変わらないのに、田嶋くんの胸の内を聞いてしまった俺には新鮮に映った。
 ドアの淵に手をやると、自分に何が出来るのだろうと思案する。俺が田嶋くんにしてやれる事なんかあるのだろうか。

「今日は何か予定あるの?」
 振り返って田嶋くんに聞くと、「特には何も.....。アルバイトは不定期だし、デートする相手もいないし.....。」というと苦笑いをした。
 その時の顔がなんとも愛らしくて、ぼんやり見ていると危うく心臓を射貫かれるところだ。彼は知ってか知らでか、自分を可愛く見せる表情を作るのがうまい。デッサンモデルをしているから、なのか.....?

「なら、昼ご飯を食べるついでにアツシの働いている店に行かないか?俺、秋物のTシャツとか買いたかったんで、付き合ってもらえると有難いんだけど。」
 田嶋くんに聞いてみると、急に眼を見開いて「ホントですか?うわぁ、アツシさんのお店に行けるなんて嬉しいです。」と立ち上がった。

「じゃあ、行く前に家に戻って着替えてきなよ。それから一緒に行こう。」
「はい、有難うございます。」
「うん。」



 約束の時間になると、俺は田嶋くんを迎えに行くためマンションの階段を降りて行った。
 205号室のドアの前に立つとインターフォンを押す。
「はぁい。ちょっとお待ちください。」という田嶋くんの明るい声が聞こえて、ちょっとだけ胸を撫でおろした。気が変わって落ち込んでやしないかと、内心はドキドキしていた俺。村上くんのカノジョと遭遇したりしてたら、きっと気分が悪いだろうしな.....。

 少し待つと、玄関のドアがガチャッと勢いよく開いて、中から顔を出したのが田嶋くんともう一人、吉田くんだったから驚いた。
「あれ、キミも行くのか?」と聞いてみる俺に、「はい、オレもデートに混ぜて下さいよ。丁度服とかも見たかったんで。」と言う。
「あぁ、.......まあ、いいけど。なんか男3人でって.......、なんか、アレだな。」
 俺が少しだけ戸惑いを見せると、「オレ、アツシさんて人には会ったことないし、ちょっと気になるから。それに、シオンと出かけるなんて最近なかったんで。」と、嬉しそうに目尻を下げる。
 そう言われると断わるわけにもいかず、そのまま3人で階段を降りると駅までの道をしゃべりながら歩いた。

 なんとなく学生時代にでも戻ったかの様な、男だけの買い物。年下に付き合ってやるのはいいが、きっとアツシは目を丸くするだろうな。田嶋くんと行くことは伝えたが、吉田くんの事は話していない。でもまあ、一人増えたからって別にどうって事はないだろう。


 

 電車に揺られてアツシのいる駅ビルに着くと、やはり土曜日という事もあってそれぞれのショップは混んでいた。
 ここに来る間に、一応二人にはアツシの店の話をしておいたが、最近の売れ筋の事は分からないし、二人の趣味も分からないから気に入るかどうかは不安だが、エスカレータに乗るとアツシの店までやってくる。

『いらっしゃいませ~』
 明るい声で、アツシが呼び込みをしているのが分かり、俺はクスッと笑ってしまう。普段の俺に向ける顔とは全く違うから、なんだか別人を見る様だった。

「アツシ、」と、声を掛けると、服を畳んでいた手が止まり俺を見た。
「あ、......いらっしゃい。」

「こんにちは。すみません突然に.....。」と田嶋くんがアツシに謝るから、「いいって、ドンドン見てってよ。丁度新作も入ったし、お客さん増えて嬉しいよ。」と微笑んで言った。

「こっちは吉田くん。アツシ、初めてだろ?205号室の子だよ。」
 俺が田嶋くんの後ろに居る吉田くんを指して言うと、「へぇ、.......」とアツシは顔を見る。
「あ、.......こんにちは。アツシです、ヨロシク。」
「吉田です。どうも.........。」

 二人のぎこちない挨拶が終わり、俺は早速Tシャツの並べられた棚を物色し出す。
 田嶋くんも近くに来ると、ディスプレイで着せられているTシャツを指差して「コレ、カッコいいですねぇ。」と言い二人でじっくりと見ていた。

「あらぁ、拓海くんー、久しぶりねぇ。」
 声を掛けてきたのは、アツシの上司で店長の山野辺さん。
「こんにちは、ご無沙汰してます。引っ越しの時は、休みをもらって有難うございます。」
 彼女の配慮で、アツシの休みを俺の休みに合わせてくれた事に礼を言った。

「そんなの、いいのよ。二人で片付ける方が早いし、アツシくんには落ち着いてもらわないとね。」
 そう言うとニッコリ微笑んだ。
 山野辺さんは、今までのアツシの素行の悪さを把握していて、俺とアツシが付き合う事を喜んでくれていた。アツシが此処で熱を出し倒れた時には、俺にすぐ電話をくれて、そこから俺たちの距離は縮まっていったと思う。いわば、橋渡し的な役割をしてくれた人でもあった。

「今日はお友達と買い物?なんだか店内が一気にイケメン揃いになって嬉しいんだけど、チカちゃんが休憩中で残念がるわねぇ。黙っておこうかしら、ふふふ...。」
「や、友達っていうか、同じマンションの人で。まあ、仲良くなって買い物に来たという...。」
 曖昧な説明をするが、他に言いようもなくて。これから友人になっていくのかもしれないが、今のところはただの同じマンションの住人同士。
「ゆっくり見ていってね。」と山野辺さんに言われて、「はい、有難うございます。」と礼を言った。

 店内には、他に数人の女性客が居て、俺たちを意識しながら物色しているのが分かる。チラチラと俺や田嶋くんや吉田くんに視線を向けては何やらゴニョゴニョと話をしている感じだった。
 悪い気はしないが、これが毎日アツシに向けられているのかと思うと、ちょっと妬ける所ではある。が、まあ、アツシは女に興味がないから、俺としてはこうやって目の当たりにしなければ気にする事でもない。

「アツシ、俺Tシャツが、」
 奥の棚の方で、服を畳みながら吉田くんと並ぶアツシに声を掛けたが、その時目に入ったアツシの横顔には笑みがない事に気付くと、俺は違和感を覚えた。
 接客の時は、いつも絶対笑顔のアツシだ。今の顔は、はっきり見える訳じゃないが、少し曇った表情にもとれる。それは吉田くんに向けてのものなんだろうか?!

「アツシ、いい?」
 俺は聞こえる様にもう一度アツシの名を呼ぶ。

「あ、....ごめん、なに?」
 アツシはすぐこちらに歩み寄って来ると、俺の手の中で握られたTシャツを広げた。

「これ新作で、拓海の好きな黒ベースにロゴ入りだから気にいると思う。」
 そう言うと俺に微笑む。が、すぐに視線は別の服に飛んでいった。俺と目を合わせるのがまずいのか?

「じゃあ、これにする。」
「うん、有難う。」

 俺はなんとなくスッキリしない顔で、それでも財布から金を取り出すとアツシに渡した。

「吉田くんは何か気に入ったのあった?」
 奥の棚から動かない吉田くんの後ろ姿に声を掛ければ、「あ~、まだ、もうちょっと見てみないと...。」という。
「田嶋くんは?」と聞く俺に、「僕はこれにします。」と言って、Tシャツの上に羽織るカーディガンを持ってきた。

「ありがとうございます。」と、アツシは田嶋くんに言って商品を受け取るとレジを打った。

 俺は時間を確認すると、アツシに「これから昼飯行くんだけど、お前も一緒に行ける?」と聞いた。
「あ、......えっと、オレはチカちゃんが戻って来ないと出られないし、もう少し混む時間だから......、今日はやめとく。」
 アツシはそう言うと、俺に手を合わせてゴメンのポーズをした。

「うん、分かった、忙しいもんな。じゃあ、頑張って。」
「うん、サンキュ、な。」

 アツシは俺たちに会釈をすると、「また来てね。」と言って笑顔になった。
 その顔を見て、俺たちは店から離れるとエスカレーターに乗って上の食堂階へと向かう。







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