『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-31


 シャワーを終えた俺は、歯磨きを済ませると寝室へ行った。
 すでに、アツシはベッドで横になり眠っているのか、目を閉じて動かない。半乾きの髪の毛もそのままで、声を掛けるのをためらった。

- 俺は明日も休みなんですけどねー。

 心の中で残念がる俺だったが、アツシが疲れているんじゃスキンシップも出来ない。下手に手を出したら本気で怒られそうだ。

 そっとドアを閉めると、もう一度リビングへと戻った俺はソファーに身体を預けて横になった。
 革の感触がひんやりとして気持ちいい。静かに天井を仰ぎ見て、アツシに言われた事を考える。彼女の事は、どうしたものか。
 そう言えば、松原もアツシの連絡先を聞いてきたっけ.......。俺は、松原にアツシがゲイだって事を話してしまった。そう言えば諦めると分かっていたからだ......。結果、俺とアツシが出来ていたんじゃないかって誤解をしてしまったが、今となっては現実になっているんだから変なものだ。

 夏目さんも、もし俺が男のアツシを好きで、彼と一緒に居たいなんて聞いたらどんな顔をするだろう。
 神谷さんは、周りの人にどう思われていても気にしないと言っていたが、俺はどうだろう。アツシの前では、気にしないと言った。
 山野辺さんにも、俺の上司の森口さんにも、俺たちは付き合っていると報告した。面と向かって否定はされていないし、二人とも許容範囲が広いんだと思う。森口さんは奥さんには話していないと言っていたが、それが普通なんだと思う。わざわざ自分の口から言う事でもないし、迷惑を掛けられなきゃ、それでいいって思ってるんだろうな。

 もし、夏目さんの気持ちが晴れないままなら、俺はアツシの事を話してしまおうかとも思う。まあ、それは本当に未練があるって言われた時の事だけど.......。覚悟は出来ている。どんなに厳しい目を向けられようと、甘んじて受けるつもりだ。

 暫く物思いに耽ると、水を一杯だけ飲んで寝室へ行った。
 ベッドに潜り込んで、アツシの身体を抱き寄せると、額にキスを落とす。
 眠っているアツシに、「おやすみ」と告げて俺も目を閉じた。





 翌日、珍しく早起きをしたアツシは、ベッドの中の俺に声を掛けると「今夜は遅くなる。本社へ行かなきゃならないんだ。オレの晩飯は要らないから。」と告げて部屋を出た。
「おー、---。」と、返事も出来ない俺は、布団から手だけを出すが、伸ばした指先は虚しく空を切った。

 朝食を済ませると、部屋の掃除に取り掛かった。
 昨日は田嶋くんが居たから掃除や洗濯は出来なくて、今日は二日分の衣類にシーツやタオルケットも洗って干しておく。

 休日は、大抵俺ひとりでこんな具合に過ごしている。アツシが休みの日は何をしているんだろうか。一応、俺が頼んだ事はしておいてくれるが、この間はちゃっかり田嶋くんを部屋にあげて料理を教えて貰ってたし、なんだかフラフラしているようで.........。
 引っ越しの準備とか片付けに追われて気にする事もなかったのに、今頃アツシの行動が気になりだした俺。

 
 洗濯物が乾くまで、ソファーで横になり本を読んでいた。と、「ピンポーン、」と鳴る玄関のインターフォンの音で立ち上がると受話器を取った。
「はい。」
「あの、オレ205号の吉田です。こんにちは。」
 聞こえてきたのは、吉田くんの声だった。昨日、駅ビルで別れたままだったが、何か用事でもあるんだろうか。俺は、ちょっと待ってください、というと玄関へと行く。

 ドアを開けると、目の前に吉田くんが箱を手にして立っていた。
「こんにちは、昨日はどうも。何か?」
 そう聞いた俺に、吉田くんは手に持った箱を前に出すと「これ、田舎から送って来たんだけど、良かったら食べて下さい」と言った。

「え?ああ、どうも。」と言って箱の中身を見ると、美味しそうな梨が四つ。箱には福島県産と書かれている。

「吉田くんって実家は福島か。どうも有難う。」
 俺は、梨を受け取ると箱は吉田くんに返す。胸に抱えながら、彼が帰るのを待つが、「あ、落とすといけないから、オレが半分持って行きます。」という吉田くん。
「ありがとう。」
 俺は吉田くんに半分持ってもらいリビングのテーブルに梨を乗せる。

「あれぇ、同じ間取りかと思ったけど、ここはちょっと部屋が広めなんですねぇ。」
 そう言うと、ぐるりと辺りを見廻した。
「そうなのか?他の部屋は知らなくて、端は3LDKって聞いていたから、同じなんだと思ってたよ。」
 俺が冷蔵庫に梨を入れようとすると、吉田くんはおもむろに和室の方へ身体を向けると覗き込んだ。

「あ、.....なに?」 
 人の部屋を覗くとか、ちょっと不思議に思い聞いてみるが、「いえ、何にも。拓海さんの部屋は何処ですか?」と聞かれる。

「え?.......、俺のはそこの和室。..............畳が落ち着くんだよね。」
 ウソだけど、ここはひとまず誤魔化した。アツシに言われた通り、俺が和室を使っていると思わせないと........。

「うちは、205号室は和室が無いんですよ。板張りの部屋が二つと、じゅうたんの床が一つ。シオンの親がリフォームしたのかなぁ。」
 不思議そうに言いながら、それでも和室を眺めているからちょっと気になった。遊びにでも来たのだろうか?!

「今日は田嶋くんは?家に居るんだろ?」
「いえ、昼過ぎに友達からの電話で出て行きましたよ。晩御飯は作れないって言い残して。」
 つまらなさそうに言う吉田くんだったが、だからといって俺に話し相手にでもなれと言うんだろうか。すぐに帰る気配はしなかった。



 


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