『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-32

「良かったら珈琲でも飲んでいく?」
 リビングのインテリアが気になるのか、まじまじと見ている吉田くんに言えば、「あ、すみません、帰ります。」とお辞儀をした。

「そう、梨を有難う。今夜アツシは帰りが遅いって言うから、明日にでも一緒に頂くよ。」
 俺は吉田くんにそう言って、玄関へ送ろうと付いて行く。

「あ、.........そう言えば、シオンの相談事っていったい何だったんですか?」
 玄関で靴を履きながら、俺の顔を上目遣いにみると聞いた。
 不意に聞かれて、俺は危うく村上くんの事を言ってしまいそうになる。が、そこは上手くかわして「田嶋くんはまだ20歳になったばかりだし、色々思い悩む事もあるんだよ。ご両親も離れているから余計に不安とかあるんだろう。」と言っておいた。

「そうですか、まあ、オレや村上じゃあ頼りないですからね。拓海さんなら頼れるのかな?!」
「いや、....そんな事もないけど。まあ、役に立てる事があれば何でも言って。出来るかどうかは分からないけど、力にはなりたいからさ。」
 俺は、ドアの前に立った吉田くんにそう言うと微笑んだ。軽い気持ちで言ってしまったが、管理人という役割もあるから口をついて出た言葉だったのに、一瞬俺を見た吉田くんの表情が変わったように思えた。

「力になってくれるなんて、有難いですね。.......その時はよろしくお願いします。じゃあ、お邪魔しました。」
「ああ、どうも有難う.....。」

 ドアから見送る吉田くんの後ろ姿は、意気揚々と帰っていく感じで、梨を届けに来てくれた事よりも、他に意図があったんじゃないかと思った。田嶋くんの事を聞きたかったのか、この部屋を見たかったのか.............。

 肩をフイッとあげて首を傾げた俺は、中に入ると洗濯物が乾いたかベランダに出てみる。指先に触れるサラッとした感触を確認すると、それらを腕に手繰り寄せて抱えながらリビングへと戻った。

 この部屋が広いからなのか、今まで一人で過ごす休日をこんなに空虚だと感じた事はない。部屋数は多いけど、その中にたった独りでいると周りから取り残された感じがする。

 - 最近は杉本たちとも会う機会が無くて、仕事と家の往復だけだったな。

 晩ご飯をどうしようかと思い冷蔵庫の中を漁ったが、一人じゃ何かを作って食べる気もしなくて...。
 コンビニで弁当でも買ってくるか、と財布だけを尻のポケットに突っ込むと部屋を後にした。



 コンビニの店内で、気になった雑誌を手に取ると、ペラペラとめくってみる。

 普段はアツシが買って来るファッション誌を俺も見る事になるが、基本黒系の洋服しか着ないし、特に興味もなくて、こういうグラビアっぽいものはアツシは見ないから買って来なかった。
 俺もアツシの前では見ないが、たまには男として目に留めたりもする。

 弁当と雑誌と缶ビールを2本買うと、レジを済ませてコンビニを後にした。

 商店街の前を通り、ふと薬局の前に来たときに、田嶋くんに貰った薬の事を思いだした。買って返すと言っていたが、アツシが買うからいいと言って、俺はどうしようかと迷う。一応俺も買っておくか....。

 重いガラス戸を押し開けて、小さな昔ながらの薬屋へと入っていく。ショーケースの中の定番の薬が懐かしい。
「いらっしゃい。」という店主の声で、「こんばんは。」とお辞儀をすると、目の前の塗り薬を差し出した。

「ありがとうございます。」というのでお金を渡すと、手打ちのレジが、チンツ、という小気味のいい可愛い音をたてた。

 そのまま店を出た俺は、少しだけ人が疎らになった商店街を歩くとマンションへと戻って行く。
 街灯に照らされて、シャッターを降ろす店もあるが、この辺は本当に暮らしやすいと思った。この先、あのマンションで俺とアツシはどうやって暮らしていくのだろう。会社を辞めない限りは、こうやって日々同じ様な事を繰り返す事になる。

 結婚した夫婦なら、子供が生まれたりして変化のある人生を送ることもあるんだろうな。
 目の前を歩く幼稚園ぐらいの子の手を引いた母親を見ると、ふとそんな事を思い描いた俺だった。が、現実にはあり得ない話で。

 夏目さんには悪いが、俺は彼女と結婚を考えた時期もあったけれど、心の何処かではずっと違和感を感じていた。胸の奥にいるアツシの存在を忘れるために、彼女を利用しようとしていたんだ。
 だから、なんとしても償わないといけない。................でも、どうやったら彼女に許して貰えるんだろうか。

 アツシにも、彼女の事をなんとかしろと言われてしまって、俺は途方に暮れる。
 また此処へやってきたら、その時は俺とアツシとの関係を話してしまうかもしれない。でも、それをアツシは許すだろうか.....。

 マンションに戻って弁当を広げると、なんとなくテレビを点けて音のある空間に身を置いた。
 ビールを開けると一口飲み、ぼんやりとテレビ画面に目をやっては又弁当に箸をつける。

- あ~、暇---------。
 アツシ、早く帰って来ねぇかな~

 雑誌の入ったビニール袋をテーブルに乗せたまま、俺は肩肘をつくと弁当を頬張るが、なんとも言えない虚しさが身体の奥から込み上がって来る。

- 今日の俺って、旦那の帰りを待つ主婦みてぇだな-----。







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