『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-36


 電車の窓から見える風景が郊外に近付いてくると、車両に残る人もまばらになる。

 シートに浅く腰掛けて、両足を放り出す様に座っているのは、俺と同じようなスーツ姿のサラリーマン。そこに混じって女性の姿もちらほら見える。見るからに飲んで帰る途中の様子で、ほとんど眠っているのか頭はうな垂れたまま。

 最近は女性の営業職も増えていて、さっきの恵比寿さんたちじゃないけど、男より酒が強い人も多い。そういう意味では男女均等といったところだろうか。西さんとふた駅前に別れた俺は、一番端でぼんやりシートに背中を預けて車両の中を見廻していた。

 - 全く、腰は痛いし眠いし............。
 でも、ここでうたた寝してしまうと、駅を乗り過ごして面倒な事になる。俺は眉間にシワを寄せて、気を抜くとくっつきそうな瞼を堪えていた。

 電車のアナウンスが次の駅名を告げると、俺の視線は立ち上がった隣の車両の乗客に注がれる。
 ふらつきながら、開くであろうドアの前に立つと、身体を支えているのがやっとの様で、長い髪をだらりと垂らして下を向いた女性に目がいった。見覚えのあるバッグについたチャーム。ビーズで創った黒猫が俺の中の記憶をほじくり出す。

 初めて行った映画の帰りに、俺が彼女に強請られて買ってあげたモノに似ている。.......というか、あのバッグとチャームを持つあの女性は..................。

「あッ、」と思わず声が出てしまった俺。
 その彼女は、身体をドアに預けると滑るように横に倒れていった。そうしてそのまま床に座り込んでしまうが、辺りを見ても眠っている人ばかりで。俺は仕方なく立ち上がると、連結された扉を開いて隣の車両に行く。


「夏目さん、大丈夫ですか?」
 彼女に手を差し伸べるが、うな垂れた頭は上がらずに、そのままじっと座り込んだままだった。

「次の駅で降りるんでしょ?!酔ってて歩けるの?」
 仕方なく俺もしゃがんで彼女の視界に入ろうとしたが、「ほっといてください。」と言われ、はぁ~っとため息をつく。
 放っておきたいのはやまやまだが、見た以上はこのままにして置くことなんか出来ない。一応は付き合っていた訳だし......。

「夏目さん、明日も仕事でしょ?!ちゃんと帰らないと。歩ける?」
 もう一度聞いてやると、彼女はブンブンと髪を乱して首を振る。

「.......だろうね。かなり飲んだねぇ、会社の帰りに一杯ひっかけるにしては飲み過ぎだ。アパートまで送って行くから、いいね?!」
 そう言ううちに、駅に到着した電車のドアが開いて、俺は夏目さんの脇腹を抱きかかえるようにして立ち上がらせると、ホームに降り立った。

 少し前に来た事のある彼女の部屋は、駅から歩くと10分程。それでも、この状態では歩けそうにないので、駅前でタクシーを呼ぶと二人で乗り込んだ。
 なんだか、運転手の俺を見る目が怖くて、まるで女の子を酔いつぶしてお持ち帰りする男の図みたいに思われてやしないかと不安になる。

「夏目さん、家の前に着いたら一人で帰れるよね?!」と、確認をするが、言葉は無くて首を横に振るだけ。
 あっという間についたアパートの前で、俺たちはタクシーを降りると彼女の暮らす部屋の前まで行った。
「カギ、開けられる?」
「..........コレ。」
 バッグから取り出したカギを俺の胸に突きつけると、開けろと言わんばかりに俺の身体をドアに押しやる。

 玄関のドアを開けて中に入ると、勝手知ったる部屋で、壁のスイッチに手を伸ばす。
 と、彼女が突然俺に体重をかけてきて、受け止める間もない俺は咄嗟に自分が下敷きになると、そのまま二人して床に倒れ込んでしまった。

「ウッ、..........いててて.........」
 彼女の身体を庇った俺は、思い切り床に腰を打ち付けてしまう。
 さっきまでずっと痛みを堪えていたが、これはもう堪えようがない。ズーンと重く痺れるような痛みが、俺の背中や腰に響いてくると、暫くそのまま起き上がれないでいた。

「あ、........山城さん、.............え?」
 呻く俺を見た彼女は、慌てて自分の身体を起こす。どうしていいのか分からないのか、バッグから携帯電話を取り出すが、何処へ掛ける事もなく、ただ俺に「大丈夫ですか?」と聞くばかりだった。

 こっちが聞いてやってたのに、反対に心配されちゃうって.....................。
 
「ぁあ、大丈夫。..........だと思う。そっちは?もう酔いは冷めた?」
 俺が聞くと、「...................は、い。」と、たどたどしく答える。
「良かった。意識がはっきりしたのなら大丈夫だろう。俺はタクシー呼んで帰るから、心配しなくていいよ。」
 そう言って立ち上がろうとするが、どうにも体重を掛けると痛みが増して歩きにくい。こんな時間に、こんな所で.....。まさか此処へ泊まる事も出来ないし、と思っていたら、俺のスーツのポッケトから携帯の着信音が鳴り出した。

- アツシだ.........。

 そう思って開いて見たら、やはりアツシが電話をかけて来ていた。もう終電も終わってしまって、戻らないから心配したんだろうか。

「......はい、俺。」
 寝転んだまま電話に出ると、「今どこ?終電で帰って来るかもって言ってたけどさ、もう電車ないだろ?飲み過ぎてんじゃないかって心配になって.......。」
 前に、俺は急性アルコール中毒で病院に運ばれた事があって、その時はアツシが朝までついていてくれた。
 また心配をかけてしまって、「ごめ~ん。酔っぱらってはないから.......。ただ、腰が........。」と言うともう一度起き上がろうとする。

「あ、大丈夫ですか?」
 夏目さんが俺の背中に手を添えてくれて、その声が聞こえたみたいで、
「おい!どこにいるの?飲み屋?腰痛めてんならオレ、迎えに行こうか?!」
 アツシが焦った声でそう言うから、俺は少し可笑しくて.....。

「じゃあ、住所教えるからタクシーで迎えに来てくれ。腰が痛くて一人で歩けないっぽい。」

「分かった、すぐ行く。」

 俺はここの住所を夏目さんに聞くと、アツシに伝えて暫く待つことにした。

「すみません、なんか、私のせいですよね?!私が酔っぱらって転んだから........。どうしよう、病院行った方がいいですよね?!」
 不安そうに眉を下げる彼女に、「大丈夫だから。腰は朝からずーっと痛かったんだ。千葉迄出張して電車に揺られて余計に痛くなっただけ。心配しなくてもいいから、さ。」という。

 玄関に座り込んで、アツシが来るまでの間に、俺はこの間の事をもう一度謝ってみた。
「女の子を泣かせる俺は最低の男だと思う。本当に申し訳ない。」

 暫く沈黙が続く。
 今更何を言っても許しては貰えないだろうが、彼女の気のすむように謝り続けるしかないと思った。それしか今の俺には出来ないから.............。

「あの、今から来る人は、先日マンションで会った人ですよね?!」

「うん、えっと、大きい方のヤツ。一緒にあそこで暮らしているから。なんか別の女性と暮らしているなんて誤解をされているかもしれないけど......。」

「ぁぁ、そうなんですね。私が勝手に想像していたのかもしれません。ファミリータイプの部屋だと聞いて、てっきり.........。」

「いいんだ。別に謝る事じゃないよ。俺がちゃんと説明して、キミに納得してもらわなかったのがいけない。」

「いえ、..............」

 言葉が途切れると、俺と夏目さんは床に目を落としてじっとアツシが来るのを待った。


 
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