『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-37


 玄関の壁にもたれ掛かって5分。
 床に座っていると腰に響くと言って、夏目さんが椅子を持ってきてくれると、ゆっくり上体を起こしてそこに座り直す。
 アツシはまだ来なくて、車だと15分くらいの所だろうと思うが、この場所も分からないのかもしれない。

「この間から、私、迷惑ばかりかけていますよね.....。」
 夏目さんは、玄関に椅子を持ってくると、そう言いながら俺を立ち上がらせる。床に座っているのが辛いと思ってくれたんだろうか。それに、自分でも迷惑を掛けているという自覚があるのかと、そう思ったら俺は尚更申し訳なくなった。

「迷惑だなんて......、きみが怒るのは当然だと思うよ。俺に非があるんだから。」

「本当は、前から気付いていたんです。山城さんには別に好きな人がいるんじゃないかって.....。」

「え?............そんな事は........」
「だって仕事優先で、私とのデートは本当に時間がある時だけ。普通は一緒に帰ったり、遅くなっても家に来たりするものでしょう?」

「...............」
「好きな人とは、片時も離れたくないって思うんじゃないかな。それが私に対しては感じられなくて.....。それに、別れて欲しいと言われてから、山城さん残業もあまりしなくなって、きっと好きな人の所へ行くんだなって思って.....。」

「ええ?そんな感じだった?..............っていうか、俺が残業してないって分かってるんだ?!」
 ちょっと怖くなった。というか、部署は違っても同じ会社にいるんだから、分かったとしても別におかしくはないのか.....。

「すみません、営業1課に同期の子がいるんで、教えてくれるんです...............。ストーカーじゃないですから。」
「あ、ああ、そうだよね。いたっけ、同期の子が。」

「もう、いい加減諦めなきゃって思って、今夜はその子と飲みに行って、こんな事に.....。本当に迷惑おかけしてすいません。」
「いや、謝らくていいし。俺が見つけて良かったと思ってるよ。」

 あながち彼女のいう事は間違ってはいなかった。
 俺は仕事を優先する方だし、彼女が言うように、デートは形だけのものだったかもしれない。確かに、平日はこのアパートに来ることもなかった。会社で会えるからと、何処か冷めていたのかも........。

「そろそろ着くころかな。番地とアパートの名前を伝えたし、分かるといいんだけど。」
 彼女にそう言うと、俺は立ち上がってドアを開けようとする。
 ズキっと腰に響くが、早くここを出たいという気持ちになる。俺に謝る彼女が不憫で.....。俺は、好きな相手の事を言えずにいるし、多分聞いたらショックを受ける事は分かっている。松原あけみがそうだったように、同性を好きになる男と付き合ったなんて、信じられないだろう。だから余計に言えない自分が歯痒くなるんだ。

「あ、車が......。」
 ドアから外を見た夏目さんは、俺に振り返るとそう言った。

 すぐにアパートの前にタクシーが止まると、中からアツシが出て来て小走りに近付いて来る。

「あ、こんばんは。すみません、......................って、..............この前の?!」
 彼女の顔を見たアツシが、一瞬で顔を曇らせたのが分かった。

「ありがとう、ちょっと肩を貸してくれるか?」
 俺はアツシに腕を伸ばして言ったが、「どうも.....」と彼女がお辞儀をすると、「何があった?どうして此処へ来たんだよ。」と、アツシが俺に聞いてくる。

「後で話すから。もう遅いし、今夜は帰ろう。」
 アツシの肩を掴むと、ドアから出る俺に、「出張って言ってたけど、ここに居たんじゃないのか?終電で帰るなんて連絡してきて、腰が痛くて帰れないって.....、何してたんだよ。」と怒り出すアツシ。

「おい!変な事言うな。俺は千葉に言ってたんだよ。腰は朝からずっと痛かったの!」
 思わず大きな声で言ってしまい焦った俺だったが、もっとびっくりしたのは彼女の方で。
「すみません、私が電車の中で酔っぱらって転んで、丁度居合わせた山城さんが家まで送ってくれたんです。」
 アツシの腕を取るように言う彼女は、少し怯えたように見えた。

「ごめんね、夜中に大きな声で....、じゃあ、帰るんで。」
 俺はアツシの腕を取らずに一人で歩きだした。通りに停まったタクシーまで行くつもりで歩くが、年寄りの様な歩き方になってしまうと、自分でも情けない。

「待てよ。爺さんみたいに歩きやがって.....ったく!!」
 そう言うと、アツシは俺の腕を取って脇腹に回した手でしっかりと身体を支えてくれた。
「本当に大丈夫ですか?」
 背後で夏目さんの声がする。俺たちが喧嘩でもするんじゃないかと思っているんだろう。アツシの怒り方は尋常じゃないもんな。
 まるで痴話げんかのようになってしまった事に気付いていないのか。アツシは俺の身体を支えながら「もう、拓海に頼らないで下さい。コイツお人よしだから、すぐに手助けしちゃうかもしれないけど、もう別れたんだよね?!だったら新しい男見つけた方がいいよ。」といった。

 そこで立ち止まった俺は、彼女に振り向くとアツシの肩をグッと掴んで引き寄せたが、次の瞬間口から出た言葉で覚悟を決める。
「夏目さん、ひどい事言ってごめん。コイツ、嫉妬してるだけだから、気にしないで。俺が夏目さんに戻るんじゃないかって思ってるんだ。俺とコイツは付き合っているから、だからなんて言うのか、きみにヤキモチ焼いただけなんで......、じゃあ、おやすみ。」

 それだけを言うと、またアツシの肩を掴み直した俺はタクシーに向かってそろそろと歩き出す。

 背中に痛い程の視線を感じるが、声は掛かからない。
 隣のアツシも、何も言えずに固まった様な顔で俺を見るだけだ。

- 今夜はゆっくり眠れそうにないなぁ.............。
 心の中で呟くが、何処か悲壮感はない。

「いてて........。」
 タクシーに屈んで乗り込むと、腰に受けるダメージで顔をしかめながら言った俺だったが、不思議と気持ちは晴々としていた。





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