『寄り道しないで帰ろうよ。』 205号室-38


 真夜中の暗い道を走るタクシーの中で、外灯の灯りが窓から入るとぼんやり外を眺めていた。
 時折行き交う対向車のライトが眩しくて、目を瞑ると顔を背ける。
「拓海、腰、大丈夫か?明日会社に行けるかなぁ。」
 背けた顔の先にいたアツシは、俺の顔を覗き込むと聞いてくる。心配そうに俺を見るが、きっと他に言いたい事は山ほどあるんだろう。でも、タクシーの中じゃ話せないから、ここはマンションに着くまでのガマンをしている顔だった。

「明日の朝の具合で決めるよ。無理して行っても迷惑かけたら何にもならないし。」

「ああ、そうだな。」

 それだけを言うと、俺たちは黙って車に揺られる。
 


 マンションの前に着き、そっと車から降りると、俺はまた爺さんのようにゆっくり歩いて行った。
 エントランスに入るところで一段高くなっていて、そこに足を掛けるのが結構キツイ。腰に手を当てながら、アツシに抱えられるように引かれて行くと、エレベーターを待つ。

「ちょっと階段はきついな.........。駅の階段がネックだ。」
 そう言った俺に、「休めば?.........本格的にぎっくり腰になったら長引くぞ。」というアツシ。憐れんだ様に言われて、ちょっと凹む。

「まあな。」
 諦めたように言う俺は、エレベーターが止まるとドアの中に居た人影を見てドキリとする。

「あ、こんばんは。........今帰りですか?遅いっすね。」
 開いたドアから出るとそう言ったのは、205号の吉田くん。
 
 いつも階段で行き来しているのに、今夜にかぎってエレベーターを使ったんだ。しかもこんな夜中に何処へ行くんだろう。

「こんばんは。おやすみなさい。」
 俺が吉田くんにそういうが、アツシは顔を合わせると無言になった。

 エレベーターに乗り込むと、4階のボタンを押す。’チンッ’という軽快な音でドアが閉まりそうになった時。
「ちょっと待って下さい。乗ります。」
 そう言ってまた乗り込むと、「拓海さん腰痛めたんですね?ぎっくり腰ですか?」
 吉田くんは俺の横に来ると、腕を自分の肩に乗せて身体を支えてくれた。

「あ、有難う。大丈夫だよ、何処かに出かける所なんだろ?!」
 4階に着いたので言ったが、「いいっすよ、中まで一緒に運ぶの手伝いますから。アツシさん一人じゃ不安定だし。」と、吉田くん。

「は?......オレひとりで運べるし。いいよ、何処かへ行くんだろ?早く行ってくれ。」
 アツシが半ば喧嘩ごしに言うから、俺は慌てて口を挟むと「ホント、有難う。もう、ここでいいから。」とお礼を言って別れようとした。

「だって拓海さんの方がおっきいじゃん。オレなら支えれるから、頼って下さい。」

「うん、ありがと。でも、」
 少し強引な吉田くんに、俺もどうしたものかとアツシの顔を見る。すると、アツシは口を一文字に結んでかなり怒っている様子。
 吉田くんに向ける態度がおかしくて、昨日は彼と何でもないと言ったが、やはり何かあったのだと感じる。




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