『曇天の月』 001



 都心から外れたビルの窓から、生ぬるい春風が入り込むと、窓際に立つ俺の頬を撫でるように掠めていった。

今にも涙雨が降ってきそうな曇天の空を窓から見上げた俺は、両手でパシツ、と頬を挟んで叩くと会議室のドアを開ける。

白い壁紙のこじんまりとした部屋の中で、50人ほどの人が、前に立った俺の顔を神妙な面持ちで見つめてきた。
それを受けるかのように、視線をまっすぐ前に向けた俺は、ゆっくりと息を吸った。




 「皆様には、多大なるご迷惑をおかけして、申し訳なく思っております。
 今後ともご指導の程、よろしくお願い申し上げます。」

俺は頭を深々と下げると、足元の靴先を見て10秒数えた。




- チクショウ・・なんで俺がこんな事言わなきゃなんねぇんだよ!







「債権者説明会。
意外とたくさん来たな?」

商工会議所のロビーで、タバコを吸う俺の横に来て、人ごとのように言うのは、矢野 司 (ヤノ ツカサ)
俺、真柴 涼介 (マシバ リョウスケ)と同じ28歳のイケメンくんで、俺の恋人だ。

大学から付き合いだして、今年で7年目になる。

「マジ、疲れた~~。あのクソじじい、都合が悪くなると病人になるんだよ。
俺がいくらあのじじいの息子でも、平社員だからな!俺が謝ってそれでいいのかよって思うだろ?
弁護士がいてくれたからいいようなものを.......。」
思い切り煙を吐き出すと、タバコをもみ消した。

司はタバコを吸わないから、俺がタバコ臭いのは嫌みたいで......。俺は少しだけ気を使う。

「まあな、けど、うちの社長は喜んでたよ?お前がやっと腰を入れて家業を継ぐってさ。」
そう言いながら、もみ消したはずのタバコをさらに押しつぶすと、手の匂いを嗅いで眉をしかめた。


「やめろよ、継ぐんじゃないだろ。清算すんだろうが.....!」


自分で言って悲しくなるけど、ほんとの事だ。

--60年前、俺のじいさんが一から始めたのは織物工場で、昔はガチャマンと言われて相当羽振りも良かったと聞く。
けど今では、ほとんどが海外工場での生産をするようになり、国内の産業はすたれる一方。


少子高齢化が進んで、若者は働く場所に困らないけど、みんな一円でも給料の高い職種を求めてるんだ。
そんな中、夜中まで働く仕事、誰が好きこのんでやるかって~の!


俺は大学を卒業後、海外で働きたいと思っていたんだ。
けど、司と出会って互いにゲイの俺たちはすぐ恋に落ちた。
別に身近なところで手を打った訳じゃない。司と離れたくない俺は、渋々親父の会社に入った。

思えば、それが運のツキ。
たった六年で、民事再生をする羽目になるとは・・・・



----あの頃、俺たちの目には希望の光しか映っていなかったんだ。---






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