『曇天の月』 005



 次の日の朝、俺が工場へ着くと、門の所で立っている人が声をかけてきて、俺に名刺を差し出した。
始業時間の少し前で、まだ事務所のドアも開いていないので、少し待ってもらい中へ通す。

「山家商会さん?」
もらった名刺の社名を聞き返すが、今まで取引をした記憶が無くて.....。

「はい、お父さんにはずいぶん前にお付き合い頂いてまして、最近はなかなか仕事も薄くて、お声をかける事も出来なかったんですけど。お元気にしていらっしゃいますか?」
名刺の肩書は、営業部長の 中谷さん。
少しだけ腹の出た年配の人だった。

「ええ、まあ元気というかなんというか・・・・うちの工場がちょっと民事再生の手続きに入っているんで、気がめいってるようですけどね?!」
俺は、中谷さんを事務所の来客用ソファーに促して言った。

「ええ、色々大変な事になりましたね?昔の繁忙期が懐かしいですよ。」

「そうですか。私はその頃、まだ幼稚園ぐらいで、よく知らなくて・・・すみません。」

「いえいえ・・・」
俺の言葉に軽く首をふり、少しだけ困った顔をする。

「で、今日は何か?父を訪ねてみえたのなら呼んできますが・・・。」
そういうと、中谷さんは少しだけ躊躇しながら俺の顔を覗きこんだ。

こんな、民事再生して倒産寸前の会社に何の用があるんだろう。と、俺が思っていると、
「ここを買い取りたいという話があるんですが、いかがですか?」

「え?」
あまりにも突然で、正直頭が回らない。何を言ってるんだろう・・・

「弁済型となると、債務の額にもよりますが、かなり長い期間返済がついてまわります。その間も仕事をこなしていっての話ですから、結構厳しいと思うんですよ。」
「ええ、確かに。返済額がかなり免除されるとはいっても、仕事が薄いんですから、先の心配は尽きませんね。」

俺が正直な気持ちで答えると中谷さんはニコリと笑って
「土地建物、この工場の織機や商権含めて、どの位で売って頂けるかのご相談です。」
きっぱりと言い切った顔が、なんだか憎らしく、俺やオヤジやこの工場で働く社員を軽く見られているような気がした。

「それは・・・・どこの会社からの話ですか?」
気を静めるように自分に言い聞かせてから尋ねてみた。

「今はまだ申せませんが、弁護士に話をする前に、一応心積もりを伺っておこうと思いまして。まあ、お父様ともお話をされて考えていただけたらと思います。」

「・・・わかりました。」



中谷さんを出口まで見送ると、俺は踵を返して事務所へもどり電話を掛けた。
掛けた相手は司・・・・。

昔から、ちょっとキレそうになると、決まって司に電話をするのが俺の癖。
熱しやすい俺と違って、アイツは冷静に判断ができるから。

- ああ、ちくしょ~・・・出ないなぁ・・・運転中か?

呼び出し音が耳に残るが、俺は仕方なく電話を切った。

せわしなく自分の膝を叩いていたようで、
「足、どうかしたんですか?おはようございます。」

事務員の杏子ちゃんが傍に来て言うまで、俺は気づかなかった。






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