『曇天の月』 007


 「じゃあな、今度またゆっくり・・・」
そういうと、営業車に乗りこんで司が帰って行く。
俺は軽く手を上げただけで、工場の中へと戻って行った。あんまり見つめてもいられないからな・・・

「若社長ツ!!お電話です。」
工場のドアを開けたところで、事務の娘に呼び止められたから振り向く。

「あのさぁ、若社長っての止めてくれない?俺、平社員だし・・・」

「え、でも・・・・」

確かに社長の息子ではあるけれど、別にここを継ぐって決めた訳じゃない。今はとにかく工場を立て直す事しか頭にはなく、それはここで働く従業員の一員としてだ。
他の社員となんら変わらない給料をもらい、時間も休みも同じようにしている。特別待遇とか願い下げだ。

「まあ、いいや・・・どこからの電話?」
俺が事務所の方へ向かいながら聞くと、ドアを開けて待っていてくれた彼女が暗い顔になる。

「近藤商事か?」

「・・・はい」

彼女が暗い顔をする訳。それは、近藤商事からの仕事を切られそうになっているから。
俺が電話に出ると、やはり営業の橋本さんからだった。

「お待たせしました。涼介です。」
「ああ、どうも・・・お忙しいのにすみません。」

話し方は丁寧な人だが、関西人特有の自虐ネタを入れながらの商売の話は正直苦手だった。

「そろそろ、在庫もいっぱいになってきましたんで、ぼちぼち体の方も休めてもらえたらと思いまして・・・」
・・・ほら、こういう回りくどい言い方。
- はっきり終わりにしたいって言えよ。- 

「いえ、もう十分休ませて頂きましたんで、これからはバンバン働きますよ?!契約の数量はあとひと月分は有りますでしょう?」
俺が含みを持たせて聞いてみると、相手は何も言えなくなる。
”契約”というものをちゃんと書面で交わしておいて良かったと思った・・・・
昔のように”口約束”で仕事をもらっていたら、すぐさま引き上げられて終わりだ。親父のもらってくる仕事はそればっかりで、散々なめにあった。

「そうですねぇ・・・ところで民事の方は進んでいるんですか?弁護士から電話は頂いたようですが。」

「ええ、今税理士とも数字をつめて居る所です。うちがつぶれて、そちらにご迷惑が掛かるような事にならない様頑張りますから」

「・・・ええ、よろしくお願いしますよ。・・・では、また・・・」

「はい、ありがとうございます。失礼します。」


俺が受話器を戻しながら、首をぐるりとまわすのを見て、クスッと笑うのは事務の娘だった。

「さすがですね?若社長!」

「だぁから・・・若社長って呼ばないでくれって!!」





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