『曇天の月』 014

 一人、椅子に座って白い壁を見つめていたが、 部屋の中には、ほのかなシトラスの香りがしていて、王子様の残り香か、と鼻をクンクン鳴らしていたら、ドアをノックする音が・・・。

「失礼します。コーヒーで良かったですか?」
またもや王子がやって来る。コーヒーカップを乗せたトレイを持つ手が綺麗で、こんなギャルソンいたら毎日でもカフェに行っちゃうよな、と想像をしてしまう俺は、かなりイタイ奴だ。

「名前、聞いてもいいかな?電話とか出てくれるんでしょ?」

「あ、はい。僕は(呂久)ろくと言います。下の名はあんまり言いたくないんですけど。呂久君て言いずらいから、友人にはロクイチって呼ばれてるんですよ。」

「へ、ぇ・・・ロクイチ。変わった呼び名だね?」

「そうでしょ、ここの津田先生の息子さんがつけたんですけどね。同じ大学に行ってて・・・」
少しだけ頬を染めて言うから、なんだか可愛くなった。

- そうか、津田先生の息子の友達って訳だ。・・・まさか息子のカレシじゃないだろうな・・・・

「なに、ゆくゆくは弁護士目指してるとか?勉強大変そう・・・・」
俺は、確実にロクイチくんをロックオンして言った。

まあ、司の事はアレだけど・・・・今はちょっとだけ気を紛らわせたかった。

「弁護士になる頭がないんで・・・・・難しいと思います。でも、アタックはしてみたいですね!」
何とも、若者らしい覇気のある言葉が返ってきて嬉しくなった。昨日のおーはらとは、また違った意味で可愛い。

「失礼しますー。遅くなって申し訳ありません。」
ドアが開くと、津田弁護士の顔が覗いて、俺とロクイチくんが振り返る。

「先生おかえりなさい。では、失礼します。」

ペコリと頭を下げると、先生と入れ替わりにドアから出て行く王子。
- あ~、ザンネン・・・・・
一気に現実へと引き戻される俺は、コーヒーを飲み干す。



「で、早速ですが、会社の譲渡話が出ているのはご存知ですよね?」
さすが忙しい弁護士だ。単刀直入な質問をされ、俺は焦った。
まだ、頭が切り替わってなくて、シトラスの残り香を堪能していたのに・・・・

「はい、父から聞いていますが、詳しい事は・・・・」
「ですよね、突然の話でもないんですが、まだ真柴さんにはお伝えしていなかったもので。実は、何件か話はもらっているんです。真柴さんの工場は、まだ入れ替え間もない機械が多くて、今の所仕事も繋がっている。」

「ええ、まあ、それがこんな結果を招いたわけですけどね?無理な借り入れをしたばっかりに、首が回らなくなった。」
俺が肩を落としていうが、津田先生はニコリと笑顔のまま。
「そうおっしゃいますが、実際私は驚いているんですよ。」
変な事を言われ、え?と顔を見直した。

「いや、普通は再生手続きに入った事で、引かれる会社も多いんです。本当はいけないんですが、実際にはいろいろな理由をつけて仕事の打ち切りを言ってくる。そういう契約書の文面もありますからね?」
そう言われて、確かに何件かは打ち切りを含んだ言い方の取引先があったと思い出す。


「でも、真柴さんの所は他にない技術を持ってらっしゃるし、最新の機械設備もある。それなら、それをそっくり自分の手に入れたい。という会社も出てくるわけです。」

「は、ぁ・・・・。なんとなく分かった様な気はしますが・・・・」
正直、うちみたいなおんぼろ工場を手に入れたって仕方ないと思っている俺は、先生の言う事が腑に落ちなかった。
以前、”山家商会”という昔の親父の知り合いらしい人が、そんな話を持ってきたことがあった。でも、その時は嫌な気持ちしかなくて、俺はそれきり気にもしていなかった。
・・・そう言えば、司はそういう考えの会社が出てくるって言ってたっけ・・・・

- はぁ・・・・ ツカサ ・・・・

「ロクイチくん!ちょっと僕の机の上にある資料、ブルーのファイル持ってきて!」
先生は、ドアを開けると大きな声でロクイチくんを呼んだ。

すぐに持ってきたロクイチくんが、俺の目の前に資料を並べる。3軒分の会社案内らしきカタログが見えた。
が、その中の一軒の社名を見た時、胸の奥でドクンと鼓動が波打つのを感じ、なぜか司の顔が頭に浮かんでしまった。






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コメント

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Re: No title

🔓コメさま 再度ご訪問有難うございます。

> お、ロクイチくん、登場!やっぱり、相当、思い入れのあるキャラなのですね。

はい~~、ロクイチ登場です!!

産みの親としては、チョイチョイどこかに登場させたくなるもんですね。
皆さまはどうなのでしょう・・・

コメント有難うございました。

あ、🔓コメさまとお呼びしてすみません。
🔓が付いておりますので伏せさせて頂きましたが・・