【曼珠沙華】 炎に落ちる161

 - どんなに、どんなに、どんなに手を伸ばしたって、桂の元へ届く事はない。言葉にも言い表せない感情を誰かに分かってもらえるはずもなく・・・。朝の目覚めはスッキリしなかった。桂の家で暮らしていた時は、まだアイツの息遣いが聞こえる気がして、こんなに怯える事はなかったのに。アイツの分までしっかり生きてやるって決めたのに............何かを達成する度に、喪失感に苛まれるようになってしまった俺。「ふぅ、」とた...

【曼珠沙華】 炎に落ちる160

 こじんまりしたバーのドアを開けて、いつもの野太い声で「いらっしゃ~い」と言われると、やっぱり落ち着く。「今日はどうも、・・・やっぱりこっちのスタイルの方が、はじめママって感じするよな。」いつもの席が空いていて、そこに腰掛けると言ったが、ママはノースリーブのワンピースに身を包み、分厚い睫毛もいつも通り。「あらぁ、こっちの方が綺麗って事かしら?嬉しいわぁ。」「・・・まあ、そうっすね。キレイって事でし...

【曼珠沙華】 炎に落ちる159

  ------------夏休み前に’花カフェ’をオープンさせる。それが実現して、今日は朝からたくさんのお客さんや知人が来てくれている。それ程広くはない店内だが、真ん中に置いた『ガジュマルの木』は、存在感があって来た人は必ず「この木はなんて言うんですか?」と聞いてくる。ある地域では『精霊の宿る木』として扱われているが、自然界にあるものは20メートルにも育つらしい。店に置かれているのは大きな鉢に植えたものだった...

【曼珠沙華】 炎に落ちる158

 マンションのドアの前にうずくまる人影を見て、俺は「ふぅぅぅ~ッ」と息を吐く。「おかえりなさい」膝を抱えたおーはらが、俺に気づくと立ち上がった。「ただいま。っていうか、何?バイトの帰りか?」ポケットからカギを取り出すと、ドアノブに差し込んでカチャリと回す。「昨夜借りた服。コインランドリーで洗ってきて........返します、有難うございました。」デイパックからゴソゴソ取り出すと、ビニール袋に入った服を俺の...

【曼珠沙華】 炎に落ちる157

 朝、カーテンの隙間から差し込む日差しで、まつげの先がキラキラ光ると、その先に見えるものは幻想の世界の様で。うっすらと目を開けて、太陽光線を避けるように、横を向きながらベッドから上体を起こした。「............おーはら?」キッチンに居るのかと、声を掛けてみたが静まり返ったままで、コトリとも音のない室内はやけに寂しい。- 学校か.....................俺は床に足を降ろすと、ゆっくり立ち上がって伸びをした。...

【曼珠沙華】 炎に落ちる156

 洗面所の棚の上に、バスタオルとTシャツとスウェットパンツを用意する。それから真新しい下着を置いておくと、スツールの上で膝を抱えて座り煙草をふかした。またもや俺は、余計な事をしてしまったんじゃないのか・・・・根本的な部分で、俺はおーはらを助けてやれる自信がない。俺自体、やっと自分の希望を見つけて前を向き始めたばかり。腰に彼岸花のタトゥーを入れたからって、寂しさから逃れられるはずがない。でも、そんな...

【曼珠沙華】 炎に落ちる155

 狭い路地裏の汚れた地面の上で、震える身体をどうする事も出来ないおーはらは、ゆっくり顔を上げると俺を見た。「こ、がねいさん...........、僕、............ッ」と、言いかけて噴き出したのは、少量の吐物。うッ、.............ぅぅ..........暫く道路に伏せる様に嘔吐すると、そのまま横にごろりと横たわった。「おい、.............お前、酒飲んだのか?」俺は近づくと、おーはらの背中をさすってやった。肩甲骨が浮き出た...

【曼珠沙華】 炎に落ちる154

 その晩、ママの店から帰る途中で、いつもは通らない脇道に足が向いていた。そこは、前におーはらが’うり’をしていた路地で、たまたま目撃した俺は思いあまっておーはらを家に連れて行った。思えば、あの日から俺たちの変わった生活が始まったが、先に見限ったのはおーはらだった。なのに、どうしてまた、ここにいるかもしれないなんて思ったんだろう。ママのマンションに身を寄せているんだ。こんな所にいるはずが......と、思っ...

【曼珠沙華】 炎に落ちる153

 「こんな時間になっちゃって、どうもすみません。」と、謝ったのは内装業者の人で。時計の針が10時をまわったのを見ると言った。「いえいえ、とんでもないです、こっちこそ店が終わるの待っててもらって・・・日中に打ち合わせ出来たら良かったんですけど。」俺は資料をまとめながら言ったが、向こうも「いえいえ」と笑っていた。「天野さんのご紹介だし、あのビルのテナントはうちがほとんどやらせてもらってますんで、気兼ねし...

【曼珠沙華】 炎に落ちる152

 天野さんが、リビング兼仕事場にしているこの部屋に来るのは、俺にとっては久しぶりの事だった。昔、目を引いた真っ赤な革張りのソファーは無くなり、今は落ち着いた感じのクラシックとモダンを融合させた布張りのソファーに変わっている。トルコ製の生地を使っているとか、前にきた時に話していたっけ。多分、何十万もする代物だろうが、俺は前の赤い革張りが気に入っていた。ゆったりした座面と、革のヒンヤリとした感触。それ...